50.小休止
【今回のあらすじ】
兄弟仲良くお風呂でおしゃべり。
館の浴室は広かった。10人ぐらいは同時に入れそうな広さだ。
大理石でできており、ライオンの形をした吐水口から湯が常時流れ出て、湯船を満たしている。
「温泉だよ~」と、兄が自慢気な顔で言った。「どこから引いてきているのか知らないけれど、源泉かけ流しだよ」
一緒に入ろうと言われたときは、普通の家庭風呂を想像していたので、ご遠慮願いたかったが、これだけ広い風呂なら問題ない。
「ひゃっほう!」
と叫んで、兄が湯船に飛び込む。お湯が飛び散り、勇真にかかった。
「もう少しお上品に入れないものなのか?」
勇真が小言を言うと「その言い方、父さんそっくり!」と言って笑った。
「なあ、疑問がまだ山ほどあるんだけれど……」
先に体を洗いながら兄の方を見ると、兄は湯船で泳いでいた。
「え? 何か言った?」
勇真は苦笑するしかない。
「まるで子供だな。35歳じゃなかったのか?」
「あと1000年もすれば体も大人になるから、それまではせっかくだから子供時代を楽しむことにしたんだよ」
1000年――。
兄が生き続けるかもしれない時間の長さを思うと、気が遠くなる。
「兄さんにも、老師の6000年の記憶があるのか?」
湯船に入ると、勇真は尋ねた。
「それがね、ボクはまだもらっていないんだよ。夏樹さんがあんなんになっちゃったから警戒しているのか、それともボクの体が子供のままだから育つのを待っているのか。老師の考えていることはわからない」
「夏樹さんがあんなって?」
「ああ、ユウ君はちょっとしか会っていないから気付かなかったか。夏樹さんは、目の前の現実だけじゃなく、同時に過去や未来を見ているらしいんだ。マルチウインドウというか、複数モニターっていうか、レイヤーっていうか……。今見えている現実の世界の上に、何層にも別の世界が見えている状態らしい。だから、いっつも俯いてひとりでぶつぶつ言っている。はたから見れば、おかしな人に見えるけど、夏樹さんは正気だし、本当は頭の良い人なんだよ」
尸族の先読みの能力が暴走しちゃってるらしい、と兄は言った。
「どうも夏樹さんには老師以上の先読みの能力があるみたい」
「11月3日っていうのは、何なんだ? 何が起こる?」
夏樹が言った言葉を思い出し、聞いてみた。
「それはボクが知りたいよ。夏樹さんは予言はしても、日時や場所を言ったことがない。それがいきなり日付を宣言するなんて、びっくりというか……」
兄は少し言い淀んでから、ぼそりと付け加えた。
「少し、怖い……」
兄の怯えに、熱い湯船の中にいるのに背筋がゾクリとした。
「あ~ のぼせちゃう! 出るよ~」
兄はそう言うと、湯船を飛び出し、脱衣場へ走っていった。
あいつ、体を洗っていないじゃん、と思ったが、そんなささいなことはどうでもいいかと思った。
勇真は肩をすくめると、風呂から出た。
部屋に戻ると、またベッドに座るように言われた。
「母さんの記憶だよ」
丸椅子に座った兄が、ガラスの盃に血を満たす。
「父さんの記憶よりも、もっとつらいよ? どうする? やめるなら今のうちだよ?」
勇真は黙って手を伸ばした。
その手に盃が渡される。
勇真は、赤黒い液体を一気にあおった。
【登場人物】
神護勇真:主人公。33歳。神護家最後のひとり。
兄:神護真澄。勇真の兄。35歳。外見は7歳。尸族。
父さん:神護真悟。勇真と真澄の父。
神護夏樹:勇真と真澄の大叔父。祖父貴一の弟。
老師/尸皇:血種の祖。尸族を率いる。神護家の神。
【用語】
尸族:血種の一派。血種の祖である尸皇に従う者たち。




