49.家族の食卓
【今回のあらすじ】
寅三と兄と共に食卓を囲んだ勇真は、そこに〈家族〉の温もりを感じた。
「うわ~い、ハンバーグゥ~」
兄がはしゃぐ。体が子供だから中身も子供のままなのだろうか?
「ユウ君、ボクの分をとらないでよ!」
頬をふくらませて言う兄に、苦笑するしかない。
椅子に座って待っていると、黒い長袍を着た男たちが、料理をテーブルに置き、グラスに赤い液体を注いだ。
この館には使用人がいたのか。
無表情で、やたらと静かに動く男たちだった。
「僵尸だよ。動く死体だよ」
と、兄が、グラスの赤い液体に口をつけながら言った。
「キョンシー?」
霊幻なんとかという映画を子供のころテレビで見たような気がする。中華風のゾンビだ。
「普通の人間みたいに動いていたじゃないか」
「前へならえをして、そろえた両足でぴょんぴょん跳んでちゃ、仕事ができないじゃない」
兄はケラケラと笑った。
「プログラミングすれば、なんでも完璧にこなしてくれるから、人間を雇うよりもずっと良いんだよ。料理を作るのもめっちゃ上手い。ただ問題は、日本は火葬だから、なかなか材料が手に入らないところだね」
「プログラミング?」
「うん。血に命令を書き込むんだよ。それを血管に注入する。ユウ君はプログラミングのプロじゃん。そのうちやってみてよ」
兄はニヤニヤしている。からかわれているだけかもしれない。
そこで不意に気が付いた。
「あの時、父さんと、母さんを蘇らせようかって言ったよな。まさか……」
兄は、しまったというような顔をした。
冗談じゃない! 何てことをしようとしたのだ? やはり、人の心などわからないバケモノなのか⁉
「だから、どうするか聞いたんじゃないか。ユウ君が、父さん母さんに、ありがとうも、ごめんなさいも言わないで別れちゃったから。言う機会を作ってあげたかったんだよ。もう二度と言えないんだよ? つらいよ……」
しょぼんとする兄の顔を見ていたら、怒りのやり場を失ってしまった。
ありがとうも、ごめんなさいも、言いたかったのは兄のほうだったのかもしれない。もちろん、自分も言いたかった……。
「じゃあ、ユウ君の未来を祝してかんぱいしようかねぇ」
寅三が、グラスを掲げて言った。
沈んだ空気を変えるために言ってくれたのだろう。
「あ~ ボク、もう飲んじゃったよぉ。そういうことは早く言ってよ~」
兄は半分減ったグラスを掲げる。
ふたりがにっこり笑ってこちらを見る。
勇真は観念してグラスを手にとった。
「かんぱ~い!」
兄が元気に言い、3人でグラスを合わせる。
勇真はおそるおそる正体不明の赤い液体に口をつけた。
赤ワインだった。しかもなかなか美味い。
小学生にしか見えない兄が飲んで大丈夫なのかと心配になり、ちらりと兄を見た。
その視線に気付いたのか、兄が言った。
「ボクは小学生じゃないよ。これでも35歳なんだから。アルコールもオーケーに決まってるでしょ」
グラスをごくごくと飲み干す。
「さあ、食べよ~ 食べよう! いっただきま~す!」
そう言って、ハンバーグをほおばった。
姿だけでなく言動も小学生にしか見えない兄に苦笑しながら、勇真も食事に手をつける。
料理も絶品だった。死体が作ったものであることさえ意識しなければ。
「あの人たちは食べないのか?」
ふと気になって尋ねると、兄はきょとんとした顔をした。
「僵尸のこと?」
「違うよ」
代わりに寅三が答える。
「老師は、人間の食べ物は食べないし、夏樹は、たぶん老師から血を分けてもらっている。あいつ食が細いうえに偏食で、困ったやつだよ」
「夏樹さんは、ニンニクが嫌いなんだよ。まるで吸血鬼みたいだろ?」
と言って、兄が笑う。
やはり彼が夏樹さんなのかと、勇真は思った。
父の記憶に出てきた、勇真の祖母紀子の想い人。あの祖母が、そんな危うい恋をしていたなど想像がつかない。紀子おばあさまは、いつもきちんと身なりを整え、凛と背筋を伸ばし、年老いてもなお美しい人だったが、勇真にはなんとなく近寄りがたい人だった。
父と母がいたからこそ、勇真は生まれた。その血筋を遡れば、高祖父慎一郎に辿り着く。そこから曾祖父や祖父母へと血の絆が続いている。そして、その分岐に、目の前にいる寅三や、この館のどこかにいる夏樹もいる。
神護の血――。
高祖父のことは、あの手記に記されていること以外は何も知らないが、血縁を愛し、血のつながりが途切れることを恐れた高祖父の気持ちが、勇真には少しだけわかるような気がする。
血のつながりがある者たちが側にいる安心感。
兄のことは子供のころしか知らないし、寅三とは今日はじめて会ったばかりで、どんな人なのかまだわからない。それでも、こうして一緒に〈家族〉の食卓を囲むことに、勇真は包み込まれるような温もりを感じていた。この温もりは、ひょっとしたら〈幸福〉と呼ばれる類のものかもしれない。
勇真は、かりそめの幸福を、しばし享受することにした。
【登場人物】
神護勇真:主人公。33歳。神護家最後のひとり。
兄:神護真澄。勇真の兄。35歳。外見は7歳。尸族。
父さん:神護真悟。勇真と真澄の父。
母さん:神護優美。勇真と真澄の母。
神護寅三:勇真と真澄の高祖父慎一郎の三男。曾祖父総一の弟。
老師/尸皇:血種の祖。尸族を率いる。神護家の神。
神護夏樹:勇真と真澄の大叔父。祖父貴一の弟。
神護紀子:勇真と真澄の祖母。曾祖父総一の弟雄二と曾祖母房子のひとり娘。祖父貴一のいとこで妻。
神護慎一郎:勇真と真澄の高祖父。
曾祖父:神護総一。勇真と真澄の曾祖父。高祖父慎一郎の長男。寅三の兄。
祖父:神護貴一。勇真と真澄の祖父。曾祖父総一の長男。
【用語】
僵尸:中国の妖怪。中華版ゾンビ。
霊幻なんとか:霊幻道士。1985年公開の香港映画。チャイニーズアクションホラーコメディ。




