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4. 搬送

【今回のあらすじ】

両親の遺体を、諏訪から実家のある小田原まで搬送した。

 地下のはずだったが、霊安室を出て廊下の突き当たりにある扉から出ると、外だった。正面の入口側と裏側とでは土地に段差があるようだ。確かに病院は高台に建っている。

 頭上には青空が広がり、フェンスで囲まれた駐車場には夏の太陽が燦々(さんさん)と降りそそぎ、周囲の竹藪が風にさやさやと音を立てている。生きて病院を出入りする人たちとは出くわさない、死者のための裏口は、拍子抜けするほど明るかった。

 職員用の駐車場らしく、白い線が引かれたスペースに何台か乗用車が停まっている。そこに両親の搬送用に、黒塗りの寝台車が2台用意されていた。駐車スペースではなく、通路の真ん中で待機している。背後の扉が霊柩車のような観音開きではなく、ハッチバックになっているステーションワゴンで、一見いっけん遺体を搬送する車には見えない。

 勇真は、葬儀社の担当者が運転する車に同乗させてもらった。父と母を乗せた寝台車が先に駐車場の出口へ向かい、勇真を乗せた車が後に続く。


 女性の担当者がハンドルを握り、男性の担当者が勇真の隣に座った。冊子を渡され、契約についての説明と、今後の流れ、葬儀プランごとの費用、寺院手配などの説明を受ける。

 葬儀は必要なのか? という基本的な部分で疑問が生じた。そもそも参列者などいるのだろうか?

 親族はいない。勇真は神護かみご家の最後のひとりになってしまった。

 都内の大学への進学を機に実家を離れてから15年、ほとんど帰省することのなかった勇真には、両親の交友関係などわかるはずもない。

 ふたりのスマホの連絡帳やLINEラインを確認すればわかるかもしれないが、パスワードがわからない。もしかすると遺族がロックを解除する手段があるのかもしれないが、簡単にできることではなさそうに思う。

 町内の付き合いなどもそれなりにあっただろうが、葬儀に参列するような相手となると、どうだろうか。父はつい最近まで会社勤めだったし、母は内向的な性格で、人付き合いは苦手なようだった。


 そのことを正直に伝えると、家に戻れば手書きの電話帳や年賀はがきなどで、連絡をするべき人がわかるかもしれないとアドバイスを受けた。デジタルデータしか頭になかったが、確かに昔は手書きの電話番号簿を固定電話の横に置いて使っていたような気がする。あれは、今でもあるのだろうか?

 会葬者が少ないのであれば、小規模な家族葬がよいのではないかと提案された。勇真は検討すると言って答えを保留した。


 車の流れはスムーズで、諏訪から小田原の実家まで、3時間ちょっとで辿り着いた。

 実家に帰るのは久しぶりだった。

 前回帰ったのは5年前だ。両親と同居していた母方の祖父母が新型コロナウイルスでふたり同時に亡くなった。感染の危険から葬儀はできず、戻ってきた遺骨を前に家族だけで簡単な法要を行った。「おじいちゃんもおばあちゃんも、家に帰りたかっただろうにね」と、寂しそうにつぶやいた母の横顔を思い出す。普通に葬儀ができなかったことも悔しがっていた。


 合鍵を使って玄関扉を開けると、実家の匂いがした。

 8畳の和室に、両親を運び込んでもらった。壁際に仏壇と洋ダンスと和ダンスがあり、長押なげしに父のジャケットが掛けてある。昔は長押の上に先祖の遺影が飾ってあったが、東日本大震災を機に、落下の危険があると言って父が撤去した。その跡が壁にうっすら残っている。

 葬儀社の担当者は、手際よく準備を整え、ふたりを布団に横たえると、ドライアイスを体の周囲に置き、白い掛布団を掛け、胸の上に守り刀を置いた。枕机まくらつくえを組み立て、ろうそくと香炉を置き、ろうそくに火を灯す。

 促されて、勇真は線香に火をつけて香炉に立てると、手を合わせた。葬儀社のふたりも代わる代わる線香を供えて、手を合わせてくれた。


 勇真は、先ほどの提案を受け入れ、家族葬で行う旨を担当者に告げ、その場で契約書にサインした。

 寂しい葬儀になりそうだった。それでも、葬儀すらできなかった祖父母に比べれば幸せに違いない。両親も喜んでくれるのではないかと思ってから、勇真は自己矛盾に気づき、心の中で苦笑した。

 あんなにも、故人に「ありがとう」と言わせることに不快感を覚えていたというのに、両親に「ありがとう」と言ってほしいと思っている。「ありがとう」と言ってもらえるようなことを、してあげたいと思ってしまう。

 どんなに思ったところで、両親からその言葉を聞くことはないのに。二度とないというのに。

【登場人物】

神護勇真かみごゆうま:主人公。33歳。IT企業に勤めるサラリーマン。

葬儀社の男女:神護家の葬儀の担当者。モブ。


【用語】

家族葬:家族のみなど、少人数で行う葬儀の形態。

新型コロナウイルス:COVID-19コヴィッドナインティーン。2019年12月に確認され、誰も免疫を持たないウイルスだったため、2020年以降世界的大流行(パンデミック)を起こし、多くの死者を出した。現在も感染者が出ており、後遺症ロングコヴィッドに苦しむ人もいる。

長押なげし:和室の柱と柱の間に水平に取り付けられた化粧板。

東日本大震災:2011年(平成23年)3月11日、東北地方太平洋沖を震源とするMマグニチュード9.0の地震。北海道から九州までの広範囲で、震度7~震度1を記録している。東北沿岸では巨大津波によって多くの死者が出た。また、この津波で全電源喪失した福島第一原子力発電所が炉心溶融メルトダウンを起こし、放射能が広がった。東京などでは多くの帰宅困難者が出ている。この地震の影響で、停電し、物流が滞り、東北地方だけではなく、首都圏などでも長期にわたり影響を受けた。

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