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血と絆 ~または記憶と祈り~  作者: 木庭七虹
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47.真悟-4

【今回のあらすじ】

真悟の過去。いつか弟に殺されるのではないかという真悟の予感が、ついに現実になる。

 それは、神護(かみご)家の定めに従って儀式を行うため、5歳になった勇真(ゆうま)を連れて山の館へ行ったときのことだ。

 老師が、博貴(ひろき)に、尸族(しぞく)にはならず子を(もう)けろと言ったとき、博貴の顔色が変わった。

 弟のあんな顔は見たことがなかった。いや、あんな悲痛な顔をした人間を、真悟(しんご)はこれまで一度も見たことがなかった。

 あれは絶望だったのだと思う。

 次の瞬間、博貴が落ちていたナタを拾い、真悟の腕の中にいた勇真を斬りつけた。そして、真悟をも。


 真悟の意識が戻ったのは翌日だった。

 老師の血の力で、肩に受けた傷はすっかり消えていた。

 勇真も意識を取り戻したが、風の音に怯え、鳥の声に泣き出すのを見て、寅三(とらぞう)が、傷つけられた前後の記憶を消した。

 真澄(ますみ)が殺され、老師によって尸族(しぞく)として蘇らされたことを知った。

 博貴は忌族(きぞく)(さら)われたと、寅三に聞かされた。

「申し訳ない。ヒロ君を目の前で奪われた。私の落ち度だ」

 寅三はそう言って頭を下げたが、状況を聞けば真澄を蘇らせることを優先してくれたことがわかる。感謝こそすれ非難することなどできなかった。


 人ではなくなり、人のようには成長しなくなった真澄を、家に連れ帰ることはできない。

 世間的には、真澄は博貴とともに失踪したことにした。

 偽装するために警察に捜索願を出す。警官がやってきて、館のまわりが騒がしくなったので、尸族の面々は姿を隠し、勇真の儀式は取りやめになった。

 連絡を受けて駆けつけた優美(ゆみ)は、連れ帰ることができなくなった真澄の名を呼んで泣き、勇真を抱きしめて泣いた。

 誰も愛することができないと言った妻は、自分が産んだ子供たちだけは、間違いなく愛していたのだ。


 いつか俺は、弟に殺されるかもしれない――。

 その予感は強まり、逃れられない運命として真悟にまとわりついていた。

 忌族は、尸族を憎んでいる。忌族を率いる王は、老師を消滅させようとしていると聞いた。そんなことが可能かどうかわからないが、尸族と対立する忌族に取り込まれた博貴は、いつかまた必ず現れるだろう。王とともに尸族の前に。自分たちの前に。


 そして、あの日。

 山の館に妻を連れて行った日――。


 館に着くと、門扉は自動的に開いたが、玄関には鍵がかかっており、中に入ることができなかった。呼んでも誰も姿を見せなかった。寅三さんも真澄も、使用人も出てこない。数十年に一度、老師は数か月にわたって日本からいなくなる。ちょうどそのタイミングに当たってしまったようだ。夏樹(なつき)さんはいるのかもしれないが、彼が応答することはまずない。

 真澄に会いたいがために一緒に来ることにした妻は、ひどくがっかりした様子だった。

 館の鍵を持たずに来てしまったため、引き返すしかなかったが、乗ってきたタクシーは帰してしまった。携帯は圏外だ。館に入れれば固定電話でタクシーを呼べるが、今は入ることができない。

 妻に謝り、電話が通じるところまで歩こうと提案した。すると妻は、千峨戸(ちがと)大橋まで歩こうと言い出した。


 千峨戸大橋――。


 博貴が、真澄を突き落として殺した橋。車で通りすぎるときも目を(つぶ)って見ようとしなかったのに、その橋まで歩こうと言う。どういう心境なのかと疑問に思ったが、妻の顔を見ていると、問うことは(はばか)られた。

 橋までは徒歩で25分ほどだ。橋の側には広い駐車場をそなえた休憩所がある。確かに、そこまで歩いてタクシーを呼ぶほうが目印に困らない。

 ふたりで、県道をとぼとぼと歩いて下った。

 休日には、背後の山の上にある展望台を目指す観光バスや乗用車とすれ違うが、今は1台も通らない。


 妻は、なぜ、橋まで歩こうと言ったのだろうか?

 あれは、何か運命的なものに導かれたのだろうか?

 それとも、どこか自分たちが知らないところで、そうするように誘導されていたのか。

 千峨戸大橋に差し掛かったとき、すぐにその人影に気がついた。

 隣で妻の足が止まる。真悟も足を止めた。

「ヒロ君……」

 妻のつぶやきが聞こえた。

 博貴と目が合った。歳をとらないままの博貴の目には、あの日見た絶望が、今もまだ暗い(よど)みとなって(ひそ)んでいた。

 言葉をかけたかった。お前は今でも俺の弟で、愛する家族なのだと伝えたかった。しかし、言葉が出なかった。何をどう言葉にしても、すべて(うそ)になってしまう気がした。

 彼から優美を奪い、絶望の(ふち)に叩き込んだのは間違いなく自分だからだ。

 やがて黒い闇に突き飛ばされて、橋から転落した。

 死に向かって落ちていく自分を、橋の上から見下ろす博貴は、いったい何を思っていたのだろうか……。

【登場人物】

神護真悟かみごしんご:勇真と真澄の父。博貴の兄。

神護勇真かみごゆうま:主人公。真悟の次男。

老師/尸皇しこう:血種の祖。尸族を率いる。神護家の神。

神護博貴かみごひろき:勇真と真澄の叔父。真悟の弟。

神護寅三かみごとらぞう:勇真と真澄の高祖父慎一郎の三男。曾祖父総一の弟。真悟と博貴の大叔父。

神護真澄(かみごますみ):勇真の兄。真悟の長男。

神護優美かみごゆみ:勇真と真澄の母。真悟と博貴のいとこ。真悟の妻。

神護夏樹かみごなつき:勇真と真澄の大叔父。祖父貴一の弟。真悟と博貴の叔父。

王:忌族を率いる王。博貴を血種にした男。


【用語】

尸族しぞく:血種の一派。血種の祖である尸皇に従う者たち。

忌族きぞく:血種の一派。尸皇と袂を分かち、敵対する王に従う者たち。

千峨戸ちがと大橋:博貴が真澄を突き落とし、自身も身投げした橋。(物語上の架空の橋)

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