46.真悟-3
【今回のあらすじ】
真悟の過去。真悟は優美と結婚し真澄と勇真が生まれる。
1989年、平成元年。真悟は優美と結婚した。真悟が29歳、優美が26歳のときだった。
結婚式当日は、父や祖父に酒を飲まされ、泥酔して眠ってしまい、その後の記憶がない。
翌朝、ふたりきりの部屋で、二日酔いに悩まされながらも、大事なことを花嫁に告げた。
「何をどう言えばいいかわからないし、言葉を飾るのも苦手なんだ。だから、単刀直入に言う。俺はね、優美が好きだ。君を愛している。だけど……」
平気な顔を装っていたが、心臓は激しく波打っていた。
「いや、だからこそ、優美には幸せでいてほしい。君の幸せを奪いたくないと思っている。俺に遠慮はいらないから、好きな人のそばにいてやってくれ。少なくとも、あいつが人であるうちは……」
「なぜ今になって、そんなことを言うんですか?」
優美は泣き出した。
「いままで、わたしを好きだなんてひとことも言わなかったのに。わたしのことなど見向きもしなかったくせに。あなたが愛しているのは神護の家だけで、わたしのことなど、家を存続するための道具としか見ていないと思っていたのに。なぜ、そんなことを言うんですか?」
そう言って、拳で真悟の胸を叩いた。そして、「ごめんなさい、ごめんなさい」と、泣き崩れた。
「わたしは愛せないの。誰も愛せないの。それなのに、愛されることを求めてしまう。誰かに愛されて、抱きしめられることを求めてしまう。そんないやしい女なの」
優美が顔を上げ、真悟を見つめた。その瞳に宿る火は、かつて博貴に向けられていたものと同じだ。自分に向けてほしいと何度も願った、あの視線。それが今、自分に向けられていることに、真悟は悦びと罪悪感を覚えた。
――罪悪感?
俺は優美の夫で、優美は俺の妻だ。
そこには、誰も立ち入ることはできない。できないはずだ。そうだろう?
心の中から弟を締め出す。
大切な弟の幸せをずっと願ってはきたが、本当にそのために自分を犠牲にする必要はあるのか? どちらかしか選べないとき、自分が有利になる選択肢を選ぶのは、人の性ではあるが罪ではないはずだ。
真悟は弟に恨まれることを覚悟のうえで、妻を強く抱きしめた。浅はかな劣情として切り捨てるつもりだった感情に、溺れる道を選んだ。
翌年、長男真澄が生まれ、その2年後には次男の勇真が生まれた。
子供たちは可愛く、とてつもなく愛おしかった。
家族への愛が、真悟を満たし、生きる充実感を与えてくれた。
その一方で、同じ家に暮らす弟の姿が、真悟の心に暗い影を落とす。
――いつか俺は、この弟に殺されるかもしれない。
なぜそんなことを思ってしまうのかわからない。
弟は子供たちを可愛がってくれているし、自分に対して従順だ。逆らうことなど一度もなかった。
弟に対する罪悪感が生み出す馬鹿げた妄想だろうと、笑い飛ばそうとするのだが、心の隅にちらつく漠然とした予感は消えることがなかった。
そして、その予感は現実のものとなる。
【登場人物】
神護真悟:勇真と真澄の父。博貴の兄。
神護優美:勇真と真澄の母。真悟と博貴のいとこ。真悟の妻。
父:神護貴一。勇真と真澄の祖父。曾祖父総一の長男。真悟と博貴の父。
祖父:神護総一。勇真と真澄の曾祖父。真悟と博貴の祖父。勇真と真澄の高祖父慎一郎の長男。寅三の兄。
神護博貴:勇真と真澄の叔父。真悟の弟。
神護真澄:真悟の長男。勇真の兄。
神護勇真:主人公。真悟の次男。真澄の弟




