44.真悟-1
【今回のあらすじ】
真悟の過去。真悟は優美に恋心を抱く。
神護真悟は、1960年、昭和35年に神護貴一の長男として生まれた。
5歳になる年の夏に、山の館へ連れていかれ、曾祖父、祖父、父の3代にわたる記憶を、老師から授けられた。
そして、自分には神護家の長男として、曾祖父が残した掟に従い、この家を継ぎ、老師に仕え、その教えに従って一族を正しく導くという使命があることを知った。5歳児の柔軟な魂は、何の疑念も抱くことなく、素直にすべてを受け入れた。
祖父や父を超える立派な当主になろうと思った。神護家の人々の幸せのために力を尽くそうと思った。
特に自分よりも幼い弟の博貴や、いとこの優美は、この自分が守り、必ず幸せにしなければならない。それは、父や祖父ではなく自分だけの役割だと強く信じた。
根が真面目な真悟は、勉強に励み、生活を正し、体を鍛え、当主にふさわしい立ち居振る舞いをしようと努めた。すべては大切な家族のためだ。
神護家の当主の役割として、次世代をもうけるというのがあることも知った。3代の大人の記憶があるため、それがどういうことを意味するかも、5歳にして理解していた。
父と母もいとこ同士なのだが、真悟も、同じ家に住んでいるいとこの優美を妻とするのだと、大人たちに聞かされた。
神護の血を保つため、神護の血を薄めないためだと教わった。真悟はそれを当然のこととして受け入れた。
子供のころから一緒に遊んでいた優美が、好きか嫌いかでいえば、当然好きだった。それでも、中学生ぐらいになると悩んだ。この好きは、きょうだいに対する好きではないかと思えたのだ。
優美はあまりにも身近にいすぎた。同じ家に住み、幼少時から共に過ごした彼女は、〈家族〉という枠にすっぽり収まっている。
恋愛対象として好きかと聞かれると、正直よくわからなかった。
クラスに気になる女子ができたりすると、余計わからなくなった。
家の〈ソト〉にいる女子に感じる感情と、〈ウチ〉にいる優美に対する好きとが、同じものとは思えなかった。
しかし、神護家の当主になる身としては、個人の好みよりも一族の存続を優先しなければならない。だから、優美以外の女の子に心を動かすことがないよう努力した。
それなのに――。
気が付いたのは、大学2年の夏休みだ。
帰省した真悟は、優美の視線の先に、いつも博貴がいることを知った。
優美の目は常に博貴を探し、優美の視線を受け止める博貴の瞳も熱を孕んでいる。
ふたりは隠しているつもりだろうが、はたから見れば一目瞭然だった。
優美は、こんな目をするのか……。
真悟は衝撃を受けた。真悟の中で、優美はずっと小さな女の子だった。成長しても、弱くて守るべき子供というイメージは変わらなかった。
それが今、目の前にいる優美は、女だった。男をたぶらかす目をした、しなやかな獣だった。
真悟は胸に痛みを感じた。
あの目に見つめられたいと熱望し、あの目が見つめているのは自分ではないことを悲嘆し、手に入らないと知ったがゆえに、恋に落ちた。
【登場人物】
神護真悟:勇真と真澄の父。博貴の兄。
曾祖父:神護慎一郎。勇真と真澄の高祖父。博貴の曾祖父
祖父:神護総一。勇真と真澄の曾祖父。真悟と博貴の祖父。勇真と真澄の高祖父慎一郎の長男。寅三の兄。
父:神護貴一。勇真と真澄の祖父。曾祖父総一の長男。真悟と博貴の父。
神護博貴:勇真と真澄の叔父。真悟の弟。
山鹿優美:勇真と真澄の母。真悟と博貴のいとこ。のちに真悟の妻。山鹿は旧姓。
【用語】
曾祖父が残した掟:慎一郎が子孫に残した神護家の者が必ず守るべき定め。〈16.高祖父の願い〉を参照。




