39.博貴-7
【今回のあらすじ】
博貴の過去。博貴は老師から尸族にならなくてよいと宣言される。
それは1997年、優美が生んだ2人目の子供、勇真が5歳になった年の夏だった。
父がもう歳だからと言って山の館に行くことを拒んだため、兄は、代わりに博貴に付き添って欲しいと頼んできた。
優美は留守番で、勇真と真澄を連れて行くという。
真澄は2年前に儀式を済ませており、高祖父、曾祖父、祖父、父と、4世代の記憶をその頭の中に収めている。
真澄は、そのころから弟を守ると言うようになった。
なぜ守るのかと聞いたところ、儀式の日に夏樹に言われたからだそうだ。
「マー君、キミはユウ君をずっと、ずーっと守ってあげるんですよ」と。
真澄は律儀にその言葉に従って、事あるごとに弟を守ってきた。
本来ならば、嫡男である真澄を、尸族となった勇真が守らなければならない。それなのに、夏樹は、真澄が勇真を守るのだと言ったという。
ならばやはり、真澄は兄の子ではなく、勇真が兄の長男なのだろうか?
キミはいいお父さんになります――。
そう言った夏樹の声が今も耳から離れない。同時に、自分の罪を思い知らされる。
兄と兄嫁は、今ではすっかり仲睦まじい。兄は、若いころのように冷淡ではなくなった。子供が生まれてから変わったのだと思う。妻も子も溺愛するようになった。なんと、あの兄がだ。
その姿を見るたびに、博貴はますます罪の意識にさいなまれる。当たり前に繰り返される当たり前の日常が、そのまま地獄だった。
唯一、真澄の笑顔だけが救いだった。
罪であり、同時に救いである真澄を、博貴は愛していた。
「なんですって!?」
博貴は、老師の言葉に耳を疑った。
山の館の庭で、兄が持ってきたビデオカメラを、物珍しそうに操作しながら老師は言った。
「神護の子供が少ないので、お前も子供を作りなさい。山への奉仕は次の世代でよい」
思いもよらぬ言葉に思考が停止する。
なぜ、今さらそんなことを言われなければならないのか。
優美のため、子供たちのため、尸族になることを決意したというのに。最初から人として生きてよいというのであれば、これほど苦しむことはなかった。兄に遠慮などせずに、優美を攫っていただろう。
「老師!」
兄が思い詰めた顔で口をはさんだ。
「博貴が許されるのであれば、この子も――」
老師の鋭い視線が兄を射貫き、兄が口ごもる。
しかし兄は、老師の威圧を振り払うように言った。
「この子には、継がせたくない……」
老師は嗤った。
「そうはいかぬよ」
老師が手を伸ばし、勇真の頭を撫でる。
勇真が悲鳴をあげた。
「この子も神護の一員として、その役目を果たさねばならない。それが我々の契約のはずだ」
「ユウ君をどうするんだ!」
勇真をかばうように真澄が、老師の前に立ちはだかった。
「お前の弟は、血種にならねばならない」
「ユウ君は連れて行かせない!」
必死に弟をかばう真澄を見て、老師はまた嗤った。
「安心しろ。この子が新たな血種になるのは今ではないわ。今日は、一昨年お前にしたように、この子に神護の魂を伝えるだけだ」
真澄は身を引きそうになったが、勇真の泣き声がそれを留めた。
「やめて! やめて!」
勇真は泣きながら、父親の胸を叩いて助けを求めている。
「ユウ君、大丈夫だよ。僕が守ってあげるからね」
真澄は、勇真のほうを振り向いて、にっこりと笑った。
続くのだ。神護家の呪いは、これからもずっと。次の世代も、その次の世代も。さらにその次の世代も。
長男とその妻は、子供を作ることを強いられ、次男以下の誰かひとりは、泣きながら人間であることをやめなければならない。遠い昔の会ったこともない祖先の願いが、それを望んでいるわけでもない子孫を永遠に縛り続ける。
この負の連鎖を断ち切るには……。
「来るがいい」
と、老師が背を向けて館へ向かった。
博貴は周囲を見回し、庭の隅に放置されているナタを見つけた。
優美ちゃんを殺すのは、やっぱり可哀想だと思います――。
夏樹の言葉が頭の中に蘇る。
自分は、いつの時点だかわからないが、優美を殺してしまうらしい。
夏樹の予言が変更不可能な絶対的なものなのかどうか、博貴にはわからない。だが、もし変更可能なものであるならば、優美の殺害を防ぐ確実な方法は、それより前に自分が死ぬことだ。
――そう、死ねばいい。
博貴は暗い嗤いとともに思う。
――みな一緒に死ねばいい。
【登場人物】
神護博貴:勇真と真澄の叔父。
神護優美:勇真と真澄の母。真悟と博貴のいとこ。真悟の妻。
神護勇真:主人公。
神護真澄:勇真の兄。
兄:神護真悟。勇真と真澄の父。博貴の兄。
神護夏樹:勇真と真澄の大叔父。祖父貴一の弟。真悟と博貴の叔父。
老師/尸皇:神護家を守護する神を名乗る老人。
【用語】
嫡男:跡取り息子。
血種:血を媒介に特殊な力を操る者。
尸族:血種の一派。




