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血と絆 ~または記憶と祈り~  作者: 木庭七虹
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37.博貴-5

【今回のあらすじ】

博貴の過去。博貴は兄の妻になることが決まっている優美に対し恋慕の情を抱いてしまう。

「ヒロ君、また学校サボったって聞いたよ!」

 怒りながら優美(ゆみ)が、博貴(ひろき)の部屋に乱入してきた。

 よくあることだ。優美は博貴のことをいつも気にかけている。まるで母親のように。

「どうせ勉強したって仕方ないし」

 博貴は、寝そべって漫画を読みながら言った。

「仕方ないなんてことないし!」

 本気で怒ってくれているのが嬉しくて、博貴はわざと(しゃ)に構える。

「大人ふたり分の記憶があるんだから、勉強なんてやらなくても楽勝だよ」

 優美は呆れた顔をした。

「本気で言ってる? ひいおじいちゃんは学校へ行ってないし、寅三(とらぞう)叔父さんは尋常小学校しか行ってないでしょ? 中学の数学なんてわかるわけないじゃん。わたしは、ヒロ君には、ちゃんと中学を卒業して、高校へ行って、できたら大学にも行ってほしい」

 本気の目に見つめられて、博貴の胸は心地よく高鳴った。優美の真っすぐな目が好きだった。

「何のために?」

 困らせたくて、わざと問う。

 そう、何のために勉強をしなくてはならない? 学校で級友が将来の夢を楽しそうに語るとき、博貴はひとり心が暗くなるのを感じる。永遠に続く生はあれど、将来の夢など持ちようがない。


 家のため、

 家のため、

 家のため――。


 博貴にあるのは、その(のろ)いの言葉だけだった。

「え? だって、ヒロ君は、わたしの子供たちと遊んでくれるんでしょ? わたしの子供たちに勉強も教えてくれるんでしょ?」

 当たり前のことのように言う優美。

 博貴は怒りを覚えた。人の気も知らず、のんきに、無邪気に言う優美に。

 起き上がると、優美を押し倒し、両腕を押さえて組み敷く。

 無理やり唇を奪った。

「その子供たちは、俺とお前の子供なのか?」

「そうだと、いいなって思ってる……」

 まさかの返答に、博貴はおののいた。

「ごめん」

 体を放して、謝る。

真悟(しんご)君は、あまり、好きじゃない……」

 と、優美は告白した。

「真悟君は、わたしのことなんて全然見ていない。あの人が見ているのは、家を支える嫁なんだもん。子供を産む道具なんだもん。それが、嫌」

「ごめん」

 博貴はもう一度謝った。

「神護家の誰かに、どうしても(とつ)がなければならないというのなら、わたしはヒロ君がいい」

 優美の潤んだ目が博貴を見つめている。

「さっきのことは、本当にごめん。忘れてくれ」

 立ち上がり、部屋の戸を開ける。

「出ていってくれないか」

 それは懇願だった。

 今まで感じていた得体の知れないもやもやが、優美への恋慕であることを、このときはっきりと意識した。

 意識してしまった。

「出ていってくれ」

 優美は、のろのろと部屋を出た。廊下で振り返り、何か言おうとしたが、博貴は遮るように扉を閉めた。


 それは、決して(いだ)いてはいけない想いだった。

 扉を背に、ずるずると座り込むと、博貴は頭を抱えた。

 今すぐ家を飛び出したかった。この家を捨ててどこか遠くへ行きたかった。

 そう考えて、ふと気が付いた。優美もこの家を捨てたがっているのではないかと。

 優美の母親も神護の娘として子供を産むことを強いられた。優美の父親は、神護の資産と老師の加護を期待して一族に加わった。ふたりの間に愛はあったのだろうか? 優美はちゃんと愛されていたのだろうか?

 この苦痛は自分だけが味わっていると思っていたが、優美もまた味わっていたのではないか。

 できることなら、ふたりで逃げたいと思った。

 だが、逃げきれないことはわかっている。祖父が、父が、兄が、そして何より老師がそれを許さない。

 逃げることができないのであれば、せめてこの家にあって、優美が幸せになる道を選びたい。それには、家族に祝福されながら兄と結婚し、子供をもうけ、神護家の母としての幸せを求めるしかない。

 頭の中がぐちゃぐちゃになる。思考に整合性がない。支離滅裂だ。

 それでも、ただひとつ、確実にわかっていることがある。彼女の幸せを支えるためであれば、自分は自分の心を殺せる。心を殺して、彼女を支える。影となって、彼女を守ろう。


 博貴は、優美が望んだように勉強に励むようになった。学校もサボらない。

 優美が暗い顔をしていれば励まし、悩んでいれば相談に乗る。

 家の中にあって、唯一助けになれる人間でいられるように努めた。

 もちろん二度と彼女に手を出すような真似はしなかった。指先すら触れない。

 ただ時々、優美が切なそうな視線をよこし、博貴はそれを受け止めてしまう。静かな熱がこもった視線から、どうして目を逸らすことなどできようか。


 博貴は、あの日以来、山の館へ行くのを拒んだ。老師に血を吸われれば、この秘めた想いを暴かれてしまう。それだけは絶対にできなかった。

 優美の幸せのためにも今は絶対に知られてはならない。

【登場人物】

神護博貴かみごひろき:勇真と真澄の叔父。

山鹿優美やまがゆみ:勇真と真澄の母。山鹿は旧姓。真悟と博貴のいとこ。真悟の妻。

ひいおじいちゃん:神護慎一郎かみごしんいちろう。勇真と真澄の高祖父。真悟と博貴の曾祖父。

神護寅三かみごとらぞう:勇真と真澄の高祖父の三男。曾祖父総一の弟。真悟と博貴の大叔父。

祖父:神護総一かみごそういち。勇真と真澄の曾祖父。真悟と博貴の祖父。勇真と真澄の高祖父慎一郎の長男。寅三の兄。

父:神護貴一かっみごたかかず。勇真と真澄の祖父。曾祖父総一の長男。真悟と博貴の父。

神護真悟かみごしんご:勇真と真澄の父。博貴の兄。

優美の母親:山鹿光江やまがみつえ。勇真と真澄の祖父貴一の妹。真悟と博貴の叔母。

優美の父親:山鹿宏明やまがひろあき。光江の夫。真悟と博貴の叔父。

老師/尸皇しこう:神護家を守護する神を名乗る老人。


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