36.博貴-4
【今回のあらすじ】
博貴の過去。博貴は尸族になるという自分の運命に疑念を抱く。
兄は、総領として神護の家を継ぐ。人間のまま老師に仕え、その恩恵を得て、一族を繁栄させる義務を負っている。その任を全うするために、曾祖父、祖父、父の記憶を与えられた。
博貴は、尸族となって老師に仕え、影から神護家を支える使命がある。そのため、一族の祖である曾祖父の記憶と、尸族として老師に仕える寅三の記憶を与えられた。
そして、優美は、次の世代を生むために、兄の嫁となり、子をもうける。その道を外れないように、彼女にも曾祖父の記憶が与えられている。曾祖父の悲願を自分の悲願として受け入れることができるように。
そのことを理解した博貴は、兄のため、優美のため、そしてこれからふたりの間に生まれてくる子供たちのために、この身を捧げると誓った。大叔父の寅三がそうしてきたのと同じように、自分もまた家族のために、神護の家のためにだけ生きるのだと。神護の家の次男に生まれた以上、それこそが正しく、皆が幸せになるための道であると。
幼いころは、純粋にそう信じていた。
思春期を迎えるころになると、博貴の心に疑念が湧いてきた。
――なぜ、自分は神護家の犠牲にならねばならないのか。
寅三の記憶に参考になるものはなかった。彼には博貴のような悩みはなかった。老師の記憶を与えられたとき、寅三は、老師を守ることを自分の使命と定めていた。尸族として迎え入れられる前も、迎え入れられてからも、その思いにブレはない。それに、彼は家族を愛しており、家族のために生きることに疑念を抱いていなかった。
博貴は、家族に愛着を感じていない。博貴の父も兄も神護という〈家〉を守るためだけに生きており、口で言うほど家族への愛は感じられない。
もしかすると、父は跡取りである兄のことは愛しているのかもしれない。一方で、山の館にやることが決まっている博貴のことは、すでに捨てたものと認識しているようだった。
そう感じるのは自分のひがみかもしれないし、妬みかもしれない。だが、博貴の中にいるふたりの大人の人生経験が、家族の目に宿る色の意味を読み取ってしまう。
幼いころは愛されていると思っていた。今はそのまなざしが、大切に育て、これから出荷する家畜を見るに等しいものだと気付いている。いずれ利用するものへの優しさは、本当の愛とは言えない。
祖父は博貴を可愛がってくれた。しかしそれも、売られていく家畜への同情の念であることが透けて見えた。そんな同情などされたくなかった。
ふたりの祖母たちは他家から嫁いできた人であるが、神護家の秘密を当然知っている。そのふたりが博貴に向けるまなざしも、異質な博貴への憐れみと、かすかな嫌悪に他ならない。
母は、博貴を愛しているふりをしている。父を、兄を愛しているふりをしている。母の目は、たぶんここにはいない誰かをずっと見ている。それが誰かは知らないが、母も神護が課す運命の被害者なのだろう。
もしかしたら、母であれば博貴のこの不快を、嘆きを、理解してくれたのかもしれないが、母は博貴を見ようとしない。彼が抱えた闇を、知ろうとはしなかった。
家族の中で優美だけが、博貴のことを家族として見て、心配してくれた。
優美のためであれば――優美と彼女が産むことになる子供たちのためならば、自分の身を犠牲にしてもよいのではないか、と思うこともあった。だが、そう思うのと同時に、どうしても思ってしまうのだ。
なぜ、優美の夫は兄なのか、自分は影から見守ることしかできないのか、と。
男の子のように泥だらけで遊んでいた女の子は、見違えるほど美しく、健やかで、優しい少女に育っていた。流行の聖子ちゃんカットにして、微笑んでいると、どこかのアイドルのようだった。
その頃、兄は東京の大学に進学し、家にいなかった。優美と一緒にボードゲームをやったり、テレビを見たりする特権は博貴にあった。
そして、ある日事件は起きた。
【登場人物】
神護博貴:勇真と真澄の叔父。
兄:神護真悟。勇真と真澄父。博貴の兄。
曾祖父:神護慎一郎。勇真と真澄の高祖父。真悟と博貴の曾祖父。
祖父:神護総一:勇真と真澄の曾祖父。真悟と博貴の祖父。勇真と真澄の高祖父慎一郎の長男。寅三の兄。
父:神護貴一。勇真と真澄の祖父。曾祖父総一の長男。真悟と博貴の父。
山鹿優美:勇真と真澄の母。山鹿は旧姓。真悟と博貴のいとこ。真悟の妻。
神護寅三:勇真と真澄の高祖父の三男。曾祖父総一の弟。真悟と博貴の大叔父。
老師/尸皇:神護家を守護する神を名乗る老人。
祖母:神護ヒサノ。総一の妻。勇真と真澄の曾祖母。真悟と博貴の祖母。
祖母:神護房子。勇真と真澄の曾祖母。曾祖父総一の弟雄二の妻。真悟と博貴の祖母。
母:神護紀子。勇真と真澄の祖母。曾祖父総一の弟雄二と曾祖母房子のひとり娘。祖父貴一のいとこで妻。真悟と博貴の母。
【用語】
総領:跡取り。
尸族:血種の一派。
博貴の中にいるふたりの大人:曾祖父慎一郎と大叔父寅三の記憶のこと。
ボードゲーム:1970年代末、スペースインベーダーはあったが、家庭用ゲーム機はまだない。




