34.博貴-2
【今回のあらすじ】
博貴の過去。博貴は老師に血を飲まされ、曾祖父の記憶を与えられる。
そこにいたのは、老人がひとりと、若者がふたり。
「よく来たね、ヒロ君。待っていたよ。私は寅三だ」
若者のうちのひとりが近付いてきて、博貴の頭をくしゃくしゃと撫でた。
短い髪をしており、薄地の着物を着て下駄を履いている。
「寅三、おじさん?」
「大叔父だよ。キミのお爺さんの弟さ。よろしく頼むよ」
人の良さそうな笑顔に、きっと優しくて良い人に違いないと思った。
もうひとりの若者は少し変な人だった。
真っ赤な服は変な形をしているし、黒い髪の毛は不揃いに切られているし、俯いてぶつぶつつぶやいていると思うと、急に笑ったり、涙ぐんだりしている。
その姿が怖くて近付きたくなかったが、父に手を引かれ、その若者の前に立たされた。
「彼は夏樹。父さんの弟、お前の叔父さんだよ」
「夏樹叔父さん……?」
どう接すればいいかわからず、もじもじしていると、夏樹が顔を上げた。
ぼーっと遠くを見ているような目が、急にしっかりと博貴を捉える。
「ヒロ君、キミは……ああ、いや、これはまだ、キミには残酷ですね……」
夏樹は首を振ると、博貴に向かってニッと笑った。
「ヒロ君、赤はね、3倍速いんですよ」
真っ赤な服を変だと思った心を読まれた気がして、気持ちが悪かった。3倍速いというのも意味がわからない。
博貴が戸惑って何も答えられずにいると、叔父はまたぼんやりとした目になり、ぶつぶつとつぶやき始めた。日本語であることは確かなようだが、何を言っているのかまったくわからない。
「夏樹叔父さんには、今ここではないどこかが、いつも見えてるんだって」
兄が博貴の肩に手を置いて言った。
「ここではないどこか?」
「未来とか、過去とからしいよ」
「未来がわかるの?」
奇妙にしか見えなかった叔父が、急にすごい人に思えた。
「見えるけれど、いつ、どこで起こるのか、それともすでに起こったことなのかはわからないらしいよ。だから何の参考にもならないんだってさ」
ちょっと呆れた顔で兄が言う。
「ふ~ん……」
なんだか、がっかりした。
最後に老人の前に連れていかれた。
「老師だ。神護家を守ってくれる神様だ。ご挨拶をしなさい」
「こんにちは、老師。ボクは神護博貴です。どうかよろしくお願いします」
事前に練習させられた挨拶を緊張しながら口にする。間違えずにちゃんと言えたことが嬉しくて、父を見上げると、微笑んでくれた。
「神護の善き血を持つ子供よ、おいで」
老師が手を差し伸べてくる。
恐る恐るその手を取り、導かれるままに2階のひと部屋に入った。
扉が閉まり、見知らぬ老人とふたりきりになる。
恐怖と緊張で博貴は気が遠くなりそうだった。
老師は、真っ白な長い髪と、真っ白な長いひげを生やし、眉毛も白くて長かった。顔には深いしわが刻まれている。そして、絵本で見た神様のような、もしくは仙人のような、ゆったりとした白い服を着ていた。
「さあ、お飲み」
老人は、机の上のナイフを手に取り、指の先を切ると、滴る血を博貴の口に近付けた。まだ大人に逆らうことを知らない博貴は、顔をしかめたものの、言われるがままに血を飲んだ。
まだ自我も確立されていない柔軟な心に、曾祖父慎一郎の記憶がどっと流れ込む。その奔流に飲み込まれ、博貴は意識を失った。
まる3日寝込んで目を開けた時、5歳の子供は87年を生きた男になっていた。心の中に生々しく刻まれた、男の孤独と、血のつながりへの願望。子や孫への強い愛情と一族への愛着。
「気分はどうだい?」
博貴の顔をのぞきこんできたのは寅三だった。
「私は、俺は、ボクは……?」
一人称すら混乱する。自分はいったい誰だ?
「キミは神護博貴。神護貴一の次男で5歳。ふたば幼稚園に通っている男の子だよ」
確かにそのはずだが、何か遠い昔のことのように思える。
「ゆっくり深呼吸してごらん。そして思い出すんだ。キミが大好きだった人たちを」
寅三の優しい声に従って、自分の周りにいた人を思い出そうとする。
「マツ……は、違う。ボクの妻じゃない。総一は、ボクの長男、じゃなくて……おじいちゃんだ。雄二は…… 大東亜戦争で戦死した次男、いや違う。ボクの子供じゃない。大叔父さん……? あ。お母さんのお父さんか。ボクのもうひとりのお爺ちゃんだ」
「もう一度言うよ。キミの名前は神護博貴だ」
博貴は大きく息を吸って吐いた。
【登場人物】
神護博貴:勇真と真澄の叔父。
神護寅三:勇真の真澄の高祖父の三男。曾祖父総一の弟。真悟と博貴の大叔父。
神護夏樹:勇真と真澄の大叔父。祖父貴一の弟。真悟と博貴の叔父。
兄:神護真悟。勇真と真澄父。真悟と博貴の兄。
老師/尸皇:神護家を守護する神を名乗る老人。
神護慎一郎:勇真と真澄の高祖父。真悟と博貴の曾祖父。
神護貴一:勇真と真澄の祖父。曾祖父総一の長男。真悟と博貴の父。
神護マツ:勇真と真澄の高祖母。高祖父慎一郎の妻。真悟と博貴の曾祖母。
神護総一:勇真と真澄の曾祖父。勇真と真澄の高祖父慎一郎の長男。寅三の兄。真悟と博貴の祖父。
神護雄二:勇真と真澄の曾祖父総一の弟でもうひとりの曾祖父。寅三の兄。真悟と博貴の大叔父であり母方の祖父。




