33.博貴-1
【今回のあらすじ】
博貴の過去。5歳の博貴は神護家のしきたりに従って、山の館へ連れて行かれた。
そもそも――と、博貴は思う。
神護の家に生まれたことが、この苦痛を生み出したすべてなのだ。
神護家にさえ生まれていなければ、博貴も当たり前の人間として当たり前の人生を歩んでいただろう。少なくとも血種として浅ましい生を貪ることはなかったはずだ。
博貴が生まれたのは1965年、昭和40年。
神護家の次男として生を受けたとき、長男であり神護家の跡取りとして定められていた兄真悟は5歳だった。
当時の神護家は大所帯だった。祖父総一と祖母ヒサノ、母方の祖母房子、父貴一と母紀子、父の妹の光江とその夫である山鹿宏明。そして、光江夫婦の子供の優美。総勢10人。祖父の代に建てた広い家も、さすがに賑やかで手狭だった。
優美は博貴より2歳年上の男勝りで活発な女の子だった。
兄と博貴と優美は、まるで男三兄弟のように育った。
一番年上だった兄をリーダーに、近所の子供たちが7、8人、いつも集まって遊んでいた。田んぼでカエルを捕まえたり、そのカエルの足を餌にアメリカザリガニを釣ったり、神社で追いかけっこをしたり、木登りをしたり、寺の階段でグリコをしたり、墓地でかくれんぼをしたり、空き地で影踏み鬼をしたり、缶蹴りをするなど、子供がやる遊びは一通り経験した。その仲間内で女の子は優美だけだったが、優美が男の子に後れを取ることはなかった。
一番年下の博貴は味噌っかす扱いで、年上の男子の動きについていけずにベソをかいていると、優美が助けてくれたり慰めてくれたりしたものだ。
博貴は優美をお姉ちゃんと呼び、実際姉だと思っていた。博貴は家族の中で、いや世界中で一番優美のことが好きだった。
満5歳になる年の夏に、神護家の子供は必ず山の館へ行き、儀式を受けることになっていた。
昭和45年の夏、博貴も祖父と父に連れられて、山の館へ行くことになった。兄も一緒だったが、優美は留守番だった。
2年前に儀式を受けた優美は、幼い博貴を不安そうな顔で見送った。
「山のおうちはキライ」と優美は言う。
その言葉に、いったい何をやらされるのかと、すっかり怖気づいていた博貴だが、兄の「これで博貴も一人前の神護の男になれるな」という誇らしげな顔に、きっと男の自分は怖がってはいけないのだと思い直した。
「ボクは大丈夫さ。男だから」
何をするにも優美を超えることができない博貴だったが、この儀式を平然とこなすことができれば、優美を超えられると思った。優美に負けっぱなしの、助けられてばかりの味噌っかすではなく、ちゃんと男として認められる気がした。
山には老師という神様が住んでいるのだと聞いていた。神護家の無病息災と繁栄を約束してくれる神様。その神様は、神護の子供にだけ特別な祝福をくれるのだという。
神様に会えるなんて、うちはなんてすごいんだろうと、博貴は素直に思い、そんな家に生まれた自分を誇らしく思った。
家から、父が運転する白いトヨペットクラウンに乗って出かけた。とても長いドライブで、最初のうちは後部座席で兄とふざけていたけれど、途中で疲れて眠ってしまった。
博貴が揺り起こされて目を覚ましたとき、あたりは少し薄暗かった。
車を降りると、目の前に古めかしい館が建っていた。2階建ての洋館で、血のような色のレンガが禍々しく見えた。
館を取り囲む木々が風に不穏な音を立て、ときおり不気味な鳥の声がする。
兄の手を握り、その背に隠れるようにしながら博貴は館に入った。
【登場人物】
神護博貴:勇真と真澄の叔父。
山鹿優美:勇真と真澄の母。山鹿は旧姓。真悟と博貴のいとこ。真悟の妻。
神護真悟:勇真と真澄父。博貴の兄。
神護総一:勇真と真澄の曾祖父。真悟と博貴の祖父。勇真と真澄の高祖父慎一郎の長男。寅三の兄。
神護ヒサノ:総一の妻。勇真と真澄の曾祖母。真悟と博貴の祖母。
神護房子:勇真と真澄の曾祖母。曾祖父総一の弟雄二の妻。真悟と博貴の祖母。
神護貴一:勇真と真澄の祖父。曾祖父総一の長男。真悟と博貴の父。
神護紀子:勇真と真澄の祖母。曾祖父総一の弟雄二と曾祖母房子のひとり娘。祖父貴一のいとこで妻。真悟と博貴の母。
山鹿光江:勇真と真澄の祖父貴一の妹。優美の母。
山鹿宏明:光江の夫。優美の父。
老師/尸皇:神護家を守護する神を名乗る老人。
【用語】
味噌っかす:同等の仲間扱いしてもらえない子供。
白いトヨペットクラウン:国産高級車クラウンの三代目。白いボディが魅惑的。




