31.伯爵-2
【今回のあらすじ】
200年前、伯爵は、自分を血種にした王への復讐を誓った。
――他の誰にもあげない。この男はわたしとひとつになるのだ……。
誰かの悲鳴が響いた。
人々が駆けてくる音がする。
アルジェーンは口を朱に染め、愛する男の心臓を握りしめたまま、集まった人々を睥睨した。
駆け寄ろうとしたものの、驚きに目を見張って立ち止まる父が見えた。
アルジェーンは父に笑いかけ、そして、たった今男を殺したばかりのその同じ短刀で、自分の首を掻き切った。
噴き出す血しぶきの向こうから、その男は近づいてきた。誰もが怖気づくなか、平然とした顔で。
父の客人だ。整えられた黒髪と口ひげ、ところどころに金色の粒が散る緑色の瞳が魅惑的な男だ。年齢はわからない。30代から50代の間のどの年齢を告げられても納得してしまう。若いようにも見えるし、老成しているようにも見える。父がこの男に娘を与える約束をしていたことをアルジェーンは知っていた。
――どうだ! 見よ! わたしは、あなたのものにはならない! 愛する男とここで命を終えるのだ!
――わたしは、他の誰にもわたしを与えることはしない!
――どんな力も、わたしを屈服させることはできない!
心の中で叫び、アルジェーンは嗤った。
しかし、そばまで歩み寄った男は、片手で彼女の腰を支え、うっとりとした顔で彼女の血を啜ると、背後の父に向けて言った。
「伯爵、契約どおりご息女を頂戴する。我が血族として永遠の命を与えよう。そして、伯爵、あなたには、望みどおりの栄華をお約束しよう」
その場で血を分け与えられ、死から引き剥がされて、人でないものとして蘇った彼女のことを、その男――王を名乗る血種の長は、アルジェーンと呼んだ。
愛する男以外には、絶対に呼ばれたくないその名前を、知っていてわざと使う王が憎かった。
アルジェーンは、王のもとを飛び出した。
――わたしを動かすことができるのはわたしだけだ。
――誰の命令も聞かない。誰の下にも付かない。
しかし、血種が人間に混じって暮らすのは難しかった。
不死を悟られたアルジェーンは、魔女として人間に狩られた。
襲い掛かってくる屈強な男たちを数十人屠ったが、何の武器も持たぬアルジェーンは、ついに手足を切り落とされ、捕縛され、火あぶりにされた。
火にあぶられても死ぬことはない。ただ、苦痛だけがある。焼かれては再生し、焼かれては再生し、繰り返される苦痛から彼女を救ったのは王に命じられた公爵だった。公爵と彼が率いるヴァンパイアたちによって村がひとつ壊滅した。
公爵は、アルジェーンに囁いた。
「王が憎いか? ならば俺と一緒に王を滅ぼそう」
アルジェーンは、晴れやかな笑顔でそう言う公爵と手を組むことにした。
それから約200年、彼女はずっと王と行動を共にしている。
従うように見せかけているが、心は常に反逆の機会を探っていた。
もちろん王は、そんな彼女の心などお見通しだろう。記憶を封印し、読まれないようにしていたが、王は察しているに違いない。人の心を察して、それを利用し動かすことができるがゆえに、王は血種の王として君臨している。
自分もまた、この復讐心をいいように利用され、動かされているのだろう。でも――。
このままずっと言いなりになっているつもりはなかった。
【登場人物】
伯爵/アルジェーン:王によって血種にされた、元伯爵令嬢。
王:血種の王を名乗る男。
公爵:王の配下。
【用語】
血種:血を媒介に特殊な力を操る者。
ヴァンパイア:血種。王の配下。




