29.食事
【今回のあらすじ】
博貴は、少女の血を貪る。
博貴は、少女の手をとり寝室に導いた。豪華なベッドを見て、少女の顔が一瞬だけ嬉しそうになる。手慣れているように見える。小遣い稼ぎに援助交際を繰り返しているのだろう。子供のくせに。だが、そんな彼女を買った博貴は、説教する立場にはない。
女から血をいただくことが多いのは、女は力が弱いからだ。問題なくいただける血の量からすれば体の大きな男のほうがよいのだが、反撃してくるかもしれない相手をわざわざ組み敷くのは面倒臭い。女なら楽に押し倒せる。肌も柔らかく牙を刺しやすい。それに、こうして自ら身を売る者が世界中どこにでもいる。
博貴は少女をベッドに押し倒した。耳の下から首筋へ唇を這わせて、頸動脈の位置を探る。そして一気に噛みついた。
少女は悲鳴をあげたが、次の瞬間、とろりとした目になり、甘い吐息を吐いた。吸血がもたらす官能に少女が乱れる。
もちろん記憶は消し去るが、全身で感じた悦びに、人間の男との行為に満足できなくなってしまうこともあるらしい。博貴にはあずかり知らぬことではあるが、ほんの少しだけこの少女を哀れに思った。
血とともに、少女の人生が流れ込んでくる。
実の父親による性的虐待。信頼していた恋人の裏切り。大学へ進学するための学費を稼ぐために始めた援助交際。彼女を食い物にする大人の男たち。
ありふれた悲劇。だが本人にとっては命を食い破られるような惨劇。
彼女の世間に対する恨みと男たちへの憎しみが、血を介して自分の感情のように内側から責め立ててくる。
「このまま殺してやろうか? 人生は辛かろう」
博貴は、少女の耳に囁いた。
少女は目を見開いた。迷うように瞳が揺れる。だが、次の瞬間、思いがけないほど強い力を瞳に込めて博貴を真っすぐに見ると言った。
「ダメ…… 死んだら、復讐できない」
博貴は驚き、そして笑った。
「終わりだ。ごちそうさま」
舌の先を少し噛んで血を出すと、少女に深いキスをした。
彼女の口内に己の血を塗り付けて飲ませる。
首筋の噛み傷が消え、記憶も消された少女は、しばらくぽかんとした顔をしていたが、はっとしたように周囲を見回した。
そして、自分の服がほとんど乱れていないのを見てから、物欲しそうな目で博貴を見た。
「終わりだよ。十分楽しませてもらった」
博貴は少女を立ち上がらせ、扉へいざなう。
「腹が減っただろう? 食事を用意した。食べていきなさい」
ダイニングにステーキをメインにしたコース料理が用意されている。
「え? すごい。いいの?」
少女の声が弾む。
「献血のあとは、ヤクルトをくれるものだろう?」
「何それ、意味不明」
少女はケラケラと笑った。
博貴は、少女と一緒に血が滴るようなステーキを堪能した。奥の寝室で伯爵がふてくされているだろうなと思いながら。
少女は思いのほか饒舌だった。友達がしでかした失敗談や芸能人の噂話を楽しそうに語りながら、ときどき博貴に物欲しそうな目を向けてくる。家族のことや自分の境遇に関することはいっさい喋らない。
博貴は微笑み、適当に相槌を打ちながら、少女の視線をかわす。絶対に目を合わせなかった。よけいな期待や幻想を与えないために。
食事が済むと、少女を部屋の戸口まで送った。
少女に追加で現金を渡す。PayPayでの支払いは、おそらく仲介者に取られ、彼女はわずかな分け前をもらうだけに違いない。現金ならばそのまま全部彼女が自分のものにしても、仲介者にバレることはない。
「思いのほか楽しませてもらったから、お礼だ」
いぶかしげな顔をする少女に博貴は言った。若く新鮮な血は、博貴を完全に復活させてくれたから嘘ではない。
「ありがとう。また呼んで。いつでも来るから」
そう言って少女は博貴の口元にキスをすると出ていった。
もう二度と会わないよと、博貴は心の中で呟く。
今から、不機嫌な伯爵の相手をしなくてはならない。少女のおかげですっかり体は戻ったが、伯爵の相手はしんどい。博貴はやれやれと首を振るとため息をついた。
【登場人物】
神護博貴:勇真と真澄の叔父。60歳。外見は30代前半。
少女:博貴のために伯爵が用意した女。モブ。
伯爵:王の配下。血種。銀髪にアイスブルーの瞳を持つ美女。
【用語】
PayPay:スマホで簡単に支払いができる、QRコード決済サービス。




