28.少女
【今回のあらすじ】
伯爵は、博貴を回復させるために少女を与える。
伯爵の血のおかげで博貴の傷はふさがってきたが、それでもまだ動ける状態ではなかった。伯爵も疲れた顔をしている。死なないことはわかっているが、さすがに飲みすぎたか。
黒服たちが現れ、伯爵と博貴を乱暴に車に放り込んだ。黒塗りのメルセデス・マイバッハ・Sクラス。日本の田園風景にはあまりにも不似合いな高級車を平気で寄越す、欧州を拠点とする忌族たちのセンスに博貴はげんなりする。
黒服たちのぞんざいな扱いに伯爵が文句を言ったが、こいつらには人に対する思いやりとか配慮などといったものはない。人ではないからだ。
人間が血種の血を飲めば、どんな病気も怪我も治癒する。また、血を与えた血種が望めば、その血種が持っている記憶や知識や知恵を、飲んだ人間に与えることができる。
人間の血管に血種の血を直接注げば、その人間を血種として迎え入れることができる。それは、死んだ直後でも有効だ。だが、死後一定以上の時間が経った死骸の血管に血種の血を注いでも、血種に迎え入れることはできない。彼らは生き返るが、人格を持たないし、生きていたときの記憶も持たない。血種が命ずるままに動く生きた死体となる。
王とその配下は、多くのゾンビを使役していた。黒服たちは、そうしたゾンビだ。人と違って淡々と仕事をこなし、無駄がない。これ以上ないくらい優秀な奴隷だ。
車は、諏訪湖を望む高級リゾートホテルに入っていった。
腹の部分に大きな穴が開いた血まみれのシャツを着た博貴がエントランスに入っていっても、従業員は黙って彼を通した。一般客はいないようだ。
このホテルは、王の息がかかっているのだろう。
人間の中には、血種の治癒能力や、膨大な記憶と知識、そして先読みの力を欲して協力を惜しまない者たちがいる。彼らは血種の眷属として、血種に便宜をはかる代わりに利益を得ている。
老師が眷属として契約をしている人間は神護家の者以外にはほとんどいないが、王は助力を求めてくる人間を拒まない。世界中に王の眷属がいて、王と王の配下を支えている。
博貴と伯爵は最上階のスイートに案内された。
広いリビングとキッチン、バーカウンターもある。ゴージャスなバスルームとパウダールーム、そしてキングサイズのベッドが据えられた寝室がふたつ。
ふかふかの布団を見て今すぐ眠りたいと思ったが、乾きかけているとはいえ血まみれのまま横になるわけにもいかず、博貴はシャワーを浴びた。
体にこびりついていた血を流すと、少し気分がマシになった。
腹にはまだ傷跡が残っているが、やがてこれも消えるだろう。
バスローブを羽織って戻ると、伯爵がソファに足を組んで座っており、面白くなさそうな顔で博貴を見上げた。
「あんたにごちそうを用意させたから」
「お前の分は?」
「わたしはあんたからもらうから、せいぜいたっぷり補給しといて」
意味がわかって博貴は肩をすくめた。
「じゃ、がんばって!」と言い残して、伯爵は奥の寝室へ入っていった。わざと音を立ててドアを閉める。かなりご機嫌斜めらしい。自分で用意させたと言っておきながら、その態度はなかろうにと思うのだが。
しばらくすると、黒服が女をひとり連れてきた。
相手を見て博貴は顔を顰めた。子供だろう、これは。
「未成年だろ?」
博貴が咎めると、少女はムッとした顔をした。
「童顔だからよく言われるけど、18歳だから。ちゃんと成人してるから」
そう言う口調も子供っぽい。だがまあいい。そういうことにしておこう。
博貴は立ち上がり、女の周りをぐるりと一周して体つきを確かめた。
最近ありがちなガリガリではなく、適度に肉がついている。これなら400ccはいけるだろう。十分だ。
「PayPayで前払い。本番はなし」
「オーケーだ」
黒服に支払いを命じる。
少女はスマホの画面を確かめると、頷いた。
「ここでやるの?」
少女は隅に立っている黒服を見て眉を寄せた。
【登場人物】
伯爵:王の配下。血種。銀髪にアイスブルーの瞳を持つ美女。
神護博貴:勇真と真澄の叔父。60歳。外見は30代前半。
黒服たち:忌族が使役するゾンビ。
王:血種の王を名乗る男。
老師:尸皇神護家を守護する神を名乗る老人。
少女:博貴のために伯爵が用意した女。モブ。
【用語】
メルセデス・マイバッハ・Sクラス:ドイツの高級車。
血種:血を媒介に特殊な力を操る者。
忌族:血種の一派。
ゾンビ:血種が死体に血を注いで作り出した動く死体。
眷属:血種と契約し、血種の能力の恩恵を受ける代わりに血種に便宜を図る人間。
PayPay:スマホで簡単に支払いができる、QRコード決済サービス。




