27.山の館
【今回のあらすじ】
勇真は寅三に誘われ、山の館に踏み入れた。
車の窓に肘を載せ、流れてゆく景色をぼんやりと見る。
空はよく晴れて、紅葉が美しい。何もかもがキラキラと輝いている。
こんな光にあふれた景色を見るのは久しぶりだ。この3か月ほど、勇真は天気も風景も意識することなく、ただ暗闇にいたような気がする。世界はこんなにも朗らかで、まばゆいというのに。
寅三は、最初に言ったとおりに、諏訪大社へ行き、諏訪湖を巡ってから、そば屋に入った。
おいしそうにそばをたぐる姿を見て、こいつらも物を食べるんだな、と妙なところに感心した。
「血はねえ、薬みたいなものなのだよ。治療薬とか、強壮剤とか。力の源ではあるけれど、普段は人間と同じご飯を美味しく頂いているよ」
勇真の視線の意味に気付いたのか、寅三が言った。
「やっぱり、血を、吸う……?」
「キミが望むなら、吸ってあげてもよいのだよ?」
寅三はふふふと意味ありげに笑い、上目遣いで勇真を見ながら、自分の唇を親指の腹でこすった。唇の隙間から牙が覗く。
それを見て、絶対に自分が関わってはいけない世界なのだと勇真は思った。
「じゃあ、館へ行くとしようか。みんなが待ってる」
そば屋を出ると、寅三が言った。
「みんな……?」
寅三は微笑むだけで何も答えず、車に乗り込んだ。勇真もためらいながら助手席に座った。
車は、あの千峨戸大橋を渡り、どんどん山奥に入っていく。
寅三は、あれからひとことも喋らない。冷えた沈黙が続く車内で、勇真は自分の意志で山の館へ行こうとしているのか、それとも、この高祖叔父に拉致されようとしているのかわからなくなった。
やがて道の脇に門が見えてきた。
私有地につき立ち入り禁止と書かれた看板が掛かっている。
門扉の鍵が必要なのかと、勇真はリュックを取ろうとしたが、門は車が近付くとひとりでに開いた。電気的な仕掛けなどない、ただの鉄の門にしか見えないのだが。
車が通り過ぎると門は大きな音を立てて自動的に閉まった。
門から数分登ってゆくと、山の頂上に館が見えてきた。あのビデオに写っていた、乾いた血の色をしたレンガ造りの洋館だ。
玄関前に車を止め、降りたふたりが近付くと、観音開きの大きな扉が勝手に開く。
――バイオハザード……?
一歩踏み込んだ瞬間、ホラーゲームを思い出す。そこは、広く天井の高い空間で、正面に階段がある。シャンデリアに明かりが灯って明るいのだが、どこかおどろおどろしい。くすんだ色合いの大理石の壁のせいか、装飾を施された木製の手すりのせいか、床のタイルのせいか、緋色の絨毯のせいか。
階段のてっぺんに老人が立ち、こちらを見下ろしていた。
階段の半ばに見知らぬ青年が腰を掛け、階段の下には兄が立っている。
背後で、大きな音を立てて玄関の扉が閉まった。
「ようこそ、われら尸族の館へ。今日から、ここがキミの家だよ」
寅三の声がした。
振り向くと、寅三が扉を守るように立っている。
ここから自分の意志で外に出ることは、もうできないのだと勇真は悟った。
【登場人物】
神護勇真:主人公。33歳。神護家最後のひとり。
神護寅三:勇真の高祖父の三男。勇真の曾祖父の弟。111歳。外見は20代半ば。
老人:尸皇。神護家を守護する神を名乗る老人。
見知らぬ青年:詳細は後に判明。
神護真澄:勇真の兄。35歳。外見は7歳。
【用語】
千峨戸大橋:勇真の両親が死亡した現場。(物語上の架空の橋)
尸族:血種の一派。詳細は後に判明。




