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2.身元確認

【今回のあらすじ】

勇真は上諏訪へ行き、両親の遺体を確認する。

 職場に早退の許可を得て、勇真はそのまま新宿駅に向かった。タイミングよく〈特急あずさ〉に乗ることができ、2時間ちょっとで上諏訪駅に着く。

 駅からタクシーに乗って、指示された病院に向かった。

 病院の入り口で、担当者だという刑事が待っていた。落ち着いた口調から年配だろうと思っていたが、意外と若い。勇真と同じ30代前半かもしれない。

 事故現場に落ちていたと言って名刺を届けてくれた子供がいたそうだ。どこかの名探偵みたいにスーツを着た子供だったらしいよと言って、刑事はちょっと笑った。笑ってから不謹慎だと思ったらしく、咳払いをして話を続けた。名字から親族かもしれないと判断して電話をくれたという。社用の携帯番号にかかってきたのはそれが理由らしい。連絡がついてよかったと、刑事は明らかにホッとした表情で話した。

 その名刺を返された。手に取って勇真は首をひねる。名前の上に〈主任〉の肩書が記されている。4月の異動後、両親のどちらにも新しい名刺は渡していない。いったいどこからこの名刺を手に入れたのだろう?


 刑事と一緒に霊安室へ行く。

 エレベーターで地下に降り、乗ったときとは反対側の扉が開くと、廊下が続き、その先に霊安室はあった。

 ふたつ並んだ寝台だかストレッチャーだかの上に、遺体が安置されているようだ。白い布団と顔を覆う布のせいで、そこにいるのが両親であるという実感はない。できることなら別人であってほしいと願いながら、手前に設置された、ろうそくと香炉が置かれた台の前で手を合わせる。

 刑事に促され、遺体に近づき、顔を覆う布をめくった。

「ぐっ……」と、喉の奥が勝手に鳴る。

 もうひとりの顔も確認する。しばらく言葉を発することができなかった。

「……間違いありません……」

 やっと、絞り出すように刑事に告げた。

「この度は、ご愁傷様でした」

 刑事は、勇真に向かって深々と頭を下げた。


 検視の結果、ふたりとも溺死で、目撃者の話から事件性は乏しいとのことだった。

 念のため司法解剖を行うので、遺体の引き渡しは明日の午後になるという。引き渡しの際に〈死体検案書〉を渡すと説明された。死体検案書は、死亡診断書と同様に死亡届を提出する際などに必要になるらしい。引き渡し後は、葬儀社などに遺体の搬送を頼むようにと言われた。


 その晩は近くのビジネスホテルに泊まることにした。

 まだ就業時間内であることを確認してから、職場でやり取りをしている葬祭グループ側の担当者に連絡をしてみた。葬儀社など、どうやって選べばよいのか、まったくわからない。職場に私用の電話などして申し訳なかったが、社用の連絡先しかわからないし、他に伝手つてもなかった。

 恐縮しながら電話をすると、相手は快く担当支社を調べて、連絡先を教えてくれた。

 提携会社に個人的な繋がりを作ってしまうと転職しにくくなるとは思ったものの、いちから調べて葬儀社を探すなど、この頭が混乱した状態では無理だった。

 教わった番号に電話を入れると、すでに話を通しておいてくれたらしく、状況をある程度把握しているようだった。

 こちらに寄り添う、穏やかで丁寧な対応は好感が持てた。その道のプロの仕事の手際に感心すると共に、ありがたく思う。

 遺体の引き渡しの際に、搬送用の寝台車を用意してくれることになった。遺体は、直接葬儀場に運んでもよいらしいが、いったん小田原の実家へ連れ帰ってもらうよう頼んだ。両親は一度家に帰りたいだろうと思ったからだ。

 葬儀までのあれこれは、何も考えずに全部任せて、どうしても遺族がやらねばならない部分は、言われた通りに行えば問題なさそうだった。考えなくていいのは助かる。実際、頭は研ぎ澄まされているように感じるのだが、ちょっとしたことをやり忘れたり、普段は何も考えずに行っているようなことが、一拍置いてからでなければできなかったりする。


 勇真はその晩、よく眠ることができなかった。子供のころの、自分の失敗で両親を困らせた記憶ばかりが浮かんでくる。同時に、ふたりの死に顔が浮かぶ。うとうとしたかと思うと、暗い水のうねりの中から伸びてきた手が勇真の足首を掴み、恐怖にうめいて目を覚ました。

 最悪の夜を、なんとかやり過ごし、朝を迎えた。

 カーテンを開けると、爽やかな朝の光が部屋に入り込んできた。

 世界は明るく、健やかに見えるのに、今の自分はこの世界から切り離された別世界にいるかのようだ。薄暗い闇が自分にだけまとわりついているような気がする。

 テレビをつけたが、ニュース番組はもう勇真の両親の話題を報道していなかった。単なる事故死など、世間の興味の対象外なのだろう。余計な報道がされていないのは、それはそれでありがたいことに思えた。


 ホテルをチェックアウトした後、勇真は、両親が転落したという橋に行ってみることにした。

 千峨戸ちがと大橋――。

 ネットで検索したところ、霧ヶ峰方面から上諏訪を通って、諏訪湖に流れ込む茅埜ちの川にかかる橋らしい。鉄製の赤く塗られたアーチ橋は、全長90メートル、高さは30メートル。上諏訪駅から車で18分ほどの距離にあるということがわかった。

 橋のそばには、広い駐車場を備えた休憩所があるようだ。

 勇真はレンタカーを借りて橋に向かった。

【登場人物】

神護勇真かみごゆうま:主人公。33歳。IT企業に勤めるサラリーマン。

遺体:勇真の両親。

刑事:諏訪警察署の、今回の事故の担当者。モブ。


【用語】

どこかの名探偵:名探偵コナン

千峨戸ちがと大橋:勇真の両親が死亡した現場。(物語上の架空の橋)

茅埜ちの川:勇真の両親が溺れた川。(物語上の架空の川)

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