1.悲報
【今回のあらすじ】
神護勇真は、両親が事故死したことを知る。
仕事が立て込んでいたせいで、すっかり遅い昼休憩になってしまった。
おかげで、いつも混んでいるラーメン屋にすんなり入ることができたので良しとする。次の客が並んで待っているという気忙しさも、狭い店内をせかせかと動き回る店員の慌ただしさもないし、待ち時間がなかったおかげで昼休みの残り時間はたっぷりとあり、昼食RTAの記録更新に挑む必要もない。
勇真は、カウンター席でのんびりとラーメンをすすりながら、スマホで転職情報サイトを見ていた。
3か月前、新年度に切り替わるタイミングで異動の辞令を受け、いままでの業務アプリの開発と保守の仕事から、いきなり新設されたAI部署に回された。
会社が今後の需要を見越して、葬祭関連を手広く扱うグループと提携し、AIで故人を蘇らせるサービスに手を出したのだ。依頼者の希望に従って、AI故人は、葬儀で会葬者に挨拶をしたり、墓参の遺族と会話したり、チャットツールで日常的に会話したりする。
確かに携わっていた業務アプリにもAIを組み込んでいたが、それとこれとは違うと思う。現場の感覚と、指示する上の者との間には、いつだって齟齬がある。「君ならできる。大丈夫だ」などと簡単に言ってくれるが、冗談じゃない。
仕事ができないわけではない。当然、できるように努力した。客の評判も上々らしい。
会社に不満があるわけでもない。異動と同時に主任という役職を与えられた。もちろん部下などいない、クライアント向けに名刺に書き込むためだけの役職名だが、それに伴い給料も少し上がった。休日出勤や残業が多いものの、給料や福利厚生には満足している。独り身の暮らしには何の問題もない。それでも転職したいと思ってしまうのは、どうしても、この業務になじめなかったからだ。
できあがったAI故人が、会葬者に向かってにこやかに「ありがとう」と言うのを見るたび、吐き気がする。故人の意思とは関係なく「ありがとう」と言わされるアバターに違和感と気持ち悪さを感じてしまうのだ。
その「ありがとう」の言葉と満面の笑みに、故人の意思はない。そこに映し出されるものは、遺族や会葬者がそうあるべきだと思う故人の姿であり、語られるのは、そう言うべきだと遺族や会葬者が思う言葉に過ぎない。
AIが作り出すのは、故人の表情やしゃべり方の癖であって、故人の心ではない。
葬儀や墓参や法要というやつは、遺族のためにあるもので、遺族の心を慰めることができればそれでいいのだ、と考えて割り切ろうとするのだが、やはりどうしても、気持ち悪さが拭えなかった。
見知らぬ死者の笑顔の挨拶を捏造するたびに、心が削られ、何かが自分の中で死んでゆく。
とはいえ、まだ転職サイトに登録する勇気はなかった。
職場を辞める自分を想像しながら、転職情報を眺めるに留まっている。
仕事と割り切って観念すればいいだけの話なのに、なぜここまで忌避感を抱いてしまうのか、自分でもよくわからない。わかったときには、たぶん本気で転職しているだろう。
不意に、店の壁にかかったテレビの音が大きくなったような気がした。
画面を見上げた勇真は、15秒遅れで表示される字幕を見て、危うくスマホをラーメンの中に落としそうになった。スマホを救った代わりに、箸がすっ飛んで床に落ちる。
『……心肺停止の状態で見つかり、病院に搬送されましたが、死亡が確認されました。所持品から神護真悟さんと妻の優美さんと思われ、詳しい身元の確認を急いでいます……』
聞き慣れた自分の名字に耳が反応して、音量が大きくなったかのように錯覚したものらしい。
テレビのニュース番組が報じていたのは、橋から転落して死亡した夫婦の話題だった。
思考が停止する。頭が真っ白になるというのはこういうことか。何も考えることができない。
突然、首からストラップでぶら下げていた社用のスマホが鳴った。
画面を確認すると『諏訪警察署』とある。
勇真は警戒しながら電話を受けた。
「神護勇真さんのお電話でしょうか」と相手は言い、両親の名前を告げて、ふたりをご存じかと問うてきた。すぐに答えることができず、口籠もる。これは本物だろうか? 詐欺電話か、もしくは誰かが仕掛けた質の悪い悪戯ではないのか。
かけ直すので部署と名前を教えてくれるよう頼んだ。聞いた答えを忘れないよう頭の中で反芻し、通話を切った。
ラーメンはまだ半分以上残っていたが、もう食べる気分ではなかった。店員に謝って会計を済ませ、店の外に出ると、改めて自分のスマホで諏訪署の番号を調べて電話する。相手は在籍していた。詐欺でも悪戯でもなかったことに、勇真は、自分がひどくがっかりしていることに気が付いた。
【登場人物】
神護勇真:主人公。33歳。IT企業に勤めるサラリーマン。
神護慎吾:勇真の父。65歳。
神護由美:勇真の母。62歳。
【用語】
RTA:ゲーム用語。リアルタイムアタックの略。プレイ時間以外のロードや休憩も含めた実時間で最短を競うプレイスタイル。そこから派生した実生活での挑戦を語るネットスラング。例/転職RTA・出産RTAなど。




