24.血の誘惑
【今回のあらすじ】
傷ついた博貴は、伯爵に血を与えられる。
「ふん。情けない姿ね」
頭上から女の声が降ってきた。
「伯爵か……」
伯爵は、王に仕える血種のひとりだ。アルジェーンと呼ばれることもあるが、博貴がその名で呼ぶと怒る。伯爵と呼べと。
妖艶な美女だ。プラチナブロンドの髪を長く垂らし、神秘的なアイスブルーの瞳を持つ。いつも真っ黒なきわどいドレスで豊満な肉体を包んでいる。目が駄目になっている博貴には見えないが、たぶん今も同じような服装をしているのだろう。
「いたなら、手伝えよ」
そうは言ったものの、伯爵が勇真の殺害を手伝うことは絶対にないことを博貴は知っている。逆に妨害するはずだ。なぜなら王が人間のままの生きた勇真を欲しがっているからだ。
進んで妨害してこなかったのは、自分で博貴の動きを止めるよりも、寅三にやらせて高みの見物を決め込んでいたのだろう。
「ところでさ」伯爵の声が鼻先で聞こえ、吐息が顔に当たった。「こんなに血を垂れ流しちゃって、もったいないじゃない」
吐息が遠ざかったと思ったら、肩の傷を舐められた。
「うふぅ……」
伯爵が官能的なため息をつく。
「ほんと、神護の血は格別だわ。大事な血なんだから、むやみに流さないでよ」
そう言って、博貴の頬をつねる。
「のんきに人の血を堪能してないで、俺を助けたらどうだ?」
博貴が毒づく。
「ちょっとだけこの血を飲ませてくれたら、私の血を、あ、げ、る」
「ああ、好きにしろ……」
奴霊がふたりを包み込み、人目からも太陽の光からも守る。博貴にはその力が残っていなかったから、伯爵が奴霊に命じたのだろう。
「あぁ、いつまでも飲んでいたい……」
伯爵は博貴の上で身をくねらせて悶えた。
「飲みすぎると正気を失うぞ」
博貴は警告した。
過去に一度だけ、血種になって間もないころ襲われたことがある。王への恐怖よりも欲望が勝った男が、博貴を軟禁して吸血した。男は博貴に流れる神護の血に溺れ、最後は狂った。その上王の怒りを被り、首を切り落とされ、体と首を別々に鎖でつながれた。首を切られても血種は死なない。男は痛みと狂気を抱えたまま永遠に生き続ける。
「そうなのよね。神護の血は血種にとって最高の治療薬で強壮剤で媚薬で麻薬。しかもあり得ないくらい美味。ほんっと最低!」
「嫌なら飲むなよ」
「嫌でも血に惹きつけられてしまうのが血種の性。あんたも血が飲みたくてしょうがないんでしょ? さっさと飲んで、その怪我を治しなさいな」
言いながら伯爵は、博貴の唇を指で撫でた。
その指を乱暴につかみ、博貴は牙を立てた。むさぼるように血を啜る。
少し力が戻ってきた。暗くなっていた目が、光を捉えられるようになる。
博貴は、伯爵の真っ白な腕を掴んで捻り、体を入れ替えて組み敷くと、その首筋に噛みついた。
「ン、ううん……」
伯爵の口から、みだらなため息が漏れる。
「飲んで。もっともっと飲んで……」
吸血されるときに訪れる恍惚の波に伯爵は溺れ、博貴の頭を抱きしめた。
人間も血種も、吸血をされるとき至上の悦楽を得るという。だが、博貴にはそれがわからない。王が博貴を一族に招き入れた時に与えたふたつめの呪いだ。博貴が血を吸われることを喜ばないように。王と、王が認めた者以外に気安く血を与えることがないように。
【登場人物】
神護博貴:勇真と真澄の叔父。60歳。外見は30代前半。王により血種になる。
神護勇真:主人公。33歳。神護家最後のひとり。
神護寅三:勇真の高祖父の三男。勇真の曾祖父の弟。博貴からは大叔父に当たる。111歳。外見は20代半ば。
王:血種の王を名乗る男。
伯爵:アルジェーン。王の配下。
【用語】
血種:血を媒介に特殊な力を操る者。
奴霊:血種が操る霊体。黒くてどろどろ。




