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血と絆 ~または記憶と祈り~  作者: 木庭七虹
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23.車中の戦い

【今回のあらすじ】

勇真の殺害を試みる博貴を、寅三が阻止する。

 このまま10分間。念のため15分も待てば、もう勇真を人間の医療で蘇生することはできない。勇真が死ねば、神護(かみご)の血を持つ子供はもう二度と生まれない。神護家と尸皇(しこう)とのつながりは確実に終わる。

 博貴(ひろき)は、勇真の心臓を押さえながら、その時を待った。


 突然の攻撃だった。

 寸前まで血種の気配は微塵も感じなかった。唐突にそいつは出現し、飛んできた槍のような物で博貴は腹を貫かれた。

 勇真の胸から手が離れてしまう。

 意識を失っている勇真の体がもたれかかってきた。そのせいで動きが制限される。退避行動をとることもできないまま二撃目が来る。右手を貫かれた。

 博貴は勇真を押しやり、通路に出て敵と対峙(たいじ)する。

寅三(とらぞう)さん……」

 相手は大叔父の寅三だった。博貴の曾祖父慎一郎(しんいちろう)の三男で、祖父の弟にあたるが、見た目は博貴よりも若く、20代半ばに見える。髪を短く刈り込み、だっぽりとした黒いスタンドカラーのシャツを着て、ベージュのチノパンをはいている。

 柔和な顔付きの寅三がニコニコしていると、まったくの人畜無害に見える。わかっていながらつい気が緩みそうになるほどに。

「チッ!」

 博貴は舌打ちをした。とんだ人畜無害だ。

 小柄で華奢な見た目に反し、おそらく寅三は、血種(けっしゅ)の中でも最も凶暴な相手のひとりだ。

 戦後の戦争放棄と基本的人権を空気のように吸って育った博貴とは、敵に対する感覚が根本的に異なる。列強と()するため富国強兵とアジア進出を試みた大日本帝国の戦意高揚の風を受けて育った寅三は、いったん敵と認定した相手には、どこまでも苛烈で残酷になれる男だ。

 体内に宿(やど)している妖獣は〈()〉。牛に似た黒い獣で、額に一本の角を持っている。

 博貴に突き刺さった槍のようなものは、兕が飛ばしてきた角だった。

 寅三の姿に重なるようにうっすらと兕の姿が見える。兕は、いななくように前肢を上げて体を反らすと、勢いをつけて首を前に振った。額の角の先端から新たな角が現れ、博貴に向かって飛んでくる。飛んでくる途中で角は実体化した。顔面への直撃は()けたが、肩に深々と刺さった。

 博貴は手のひらから奴霊(どれい)を出し、一番近い扉を開けさせた。ロープのように伸びた奴霊につかまり、扉から車両の外へ飛び出す。

「クソ!」

 線路脇の草むらに仰向けに横たわり、空を見上げる。腹からも、右手からも、肩からも、血がだらだらと流れ続けていた。

「日陰に連れて行け」

 奴霊に命じる。博貴の目は太陽に弱い。サングラスをかけているが、このまま光を浴び続けていれば、眼球を失う。それは、博貴を血種にした〈(ロワ)〉が博貴に与えた(のろ)いだ。王は、人間を配下に招き入れるときに必ず弱点を付与する。自分に逆らったとき二度と逆らう気にならないほどの激烈な苦痛を与えるために。

 どうやら血を失いすぎた。奴霊が命令を聞かない。日光が当たり、眼球が激しく痛む。死ぬことができないゆえに、この激痛から逃れる(すべ)はない。


 この数か月が、神護家を葬る数少ないチャンスだったのだ。

 尸皇が日本にいない。数十年に一度、数か月ほど日本を離れることがある。尸皇が留守の間は、叔父の夏樹(なつき)が山の館を守り、兄夫婦と勇真を真澄(ますみ)が守っていたが、相手が真澄であればなんとでもできると思った。

 まず、勇真のところへ奴霊を差し向け、真澄がそちらに注意を向けているあいだに、兄と兄嫁を殺した。


 実家は自分が住んでいた家でもあるので、家の作りも防御の薄い部分も知り尽くしている。自分が直接行けばさすがに真澄が気づき侵入を阻止されただろうが、奴霊を数体侵入させるのにさほど苦労はしなかった。

 無事、兄夫婦の遺体を処理できた。これでどんな形であれ、ふたりを蘇らせることは誰にもできなくなった。たとえ尸皇であっても肉体を失った者の蘇生はできない。

 残る神護の血族は、勇真ただひとり。


 だが、それ以降、勇真に近づくことができなかった。

 何度か奴霊を差し向け、チャンスを作ろうとしたが、真澄の防御が思った以上に堅かったのだ。

 また、少人数であれば記憶の操作も容易(たやす)いが、都会の大人数に目撃されたり、防犯カメラや、ドラレコや、不特定多数のスマホに画像が残る()(おか)せない。慎重にならざるを()なかった。


 そうこうしているうちに、勇真が山の館へ行く決心をしてしまった。

 勇真本人は気付いていないだろうが、真澄が細工をして勇真の気持ちがそちらに向くように仕向けたに違いない。あの館に入ってしまえばもう手が出せない。一度館に入ってしまえば、勇真は館から出ることを許されないだろう。

 だからこれが最後のチャンスだった。あと少しで事は成就するはずだった。

 まさか、寅三がいるとは……。

 寅三は、尸皇と国外に行っていると思っていた。違ったのか。それとも尸皇がもう戻ってきているのだろうか?

【登場人物】

神護勇真かみごゆうま:主人公。33歳。神護家最後のひとり。

神護博貴(かみごひろき):勇真と真澄の叔父。60歳。外見は30代前半。

神護寅三かみごとらぞう:勇真の高祖父の三男。勇真の曾祖父の弟。博貴からは大叔父に当たる。111歳。外見は20代半ば。

神護真澄(かみごますみ):勇真の兄。35歳。外見は7歳。

夏樹なつき:博貴の叔父。勇真の大叔父。詳細は後に判明。今はナイショ。

尸皇しこう:神護家を守護する神を名乗る老人。

:寅三が使役する妖獣。牛に似た黒い獣で、額に一本の角を持っている。

ロワ:博貴を血種にした男。詳細は後に判明。今はナイショ。

兄夫婦:神護慎吾かみごしんご神護由美かみごゆみ。勇真の両親。博貴が殺害し事故に見せかけた。


【用語】

血種けっしゅ:血を媒介に特殊な力を操る者。

奴霊(どれい):血種が操る霊体。黒くてどろどろ。

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