21.列車上の戦い
【今回のあらすじ】
博貴は、甥の真澄と列車の上で戦う。
「神護家は滅ぶべきだ」
と、神護博貴は言った。
博貴は、〈特急あずさ〉の屋根に、進行方向に背を向けて立っていた。強い風が髪をなぶる。だが、強風も電車の揺れも、いっさい気に留める様子はない。サングラスをかけ、青いボタンダウンのシャツと黒っぽいスラックスを身に着けている。第1ボタンを外して、ネクタイは締めていない。スラックスのポケットに片手を突っ込み、リラックスした姿勢で、目の前に胡坐をかいて座っている幼い姿の甥っ子を見下ろしていた。
「わざわざ滅ぼさなくても、ユウ君はきっと結婚もしないし、子供も作らないよ。待っていれば神護家は滅びる。急ぐ必要なんてないでしょ?」
甥の真澄は、博貴を見上げながら、しれっとした顔で、勇真が聞いたら怒りそうなことを言った。
「生きてる限り俺たちは血種に利用され続ける。地獄だよ」
「ユウ君がどう感じるかなんてわからないでしょ? 地獄とは限らないよ」
真澄が頬を膨らませて言う。
「いくら話しても、平行線だな」
博貴は、サングラスを少しずらして周囲を見ると嗤った。
「平和な話し合いのふりをして実力行使かい?」
真澄が呼び寄せた使霊が、空中からにじみ出るように姿を現した。何体も出現した使霊は、白いひらひらとした体をなびかせながら、博貴の周囲をゆったりと旋回しはじめた。
「そっちこそ」
真澄は立ち上がると、牙を剥き出して笑った。
博貴の足元から、奴霊の、黒くどろどろした姿がじわじわと湧き出てくる。奴霊は、伸びたり縮んだり、膨らんだりしぼんだりしながら、分裂と合体をせわしなく繰り返しつつ、博貴を守るように周囲を固めた。
博貴も牙をむく。
「俺の邪魔をするな」
「それはこっちのセリフだよ」
真澄の瞳が赤く光る。片手をさっと払うと、使霊たちが一斉に奴霊に襲いかかった。
使霊たちは、ぱっかりと大きな口を開けると、奴霊たちに食らいついた。
だが、奴霊たちは飲み込まれる寸前に、分裂して逃れる。
使霊と奴霊は、ぶつかり合い、噛みつき合い、もつれ合った。
決着のつかない攻防がしばらく続いたが、徐々に分裂したまま合体することが難しくなってきた奴霊が不利になってゆく。
細かくなった部分から使霊に食われ、容積を減らしていく。
『愚かな忌族の若造よ、お前に勝ち目はない。諦めるが良い』
ドスの利いた尊大な声がした。
「雍和だったか? 尸皇お気に入りのペットの」
博貴がニヤリと笑いながら言った。
『ペットではないわ! このクソ餓鬼が!』
雍和が、真澄の中で忌々しそうにうめく。
「真澄の中に隠れていないで、出てきて俺と戦ったらどうだ? それとも俺が怖くて出てこられないか?」
博貴が笑いながら挑発すると、雍和は真澄の体から半分だけ姿を現した。黄色い体をした猿に似た妖獣。目と嘴が赤い。
博貴の手のひらから奴霊が飛び出し、ロープのように細長く伸びる。そいつが真澄の体から出かかっていた妖獣に巻き付いた。奴霊のロープを引っ張ると、雍和は真澄の体から引きずり出された。その隙に博貴は、驚いている真澄に駆け寄り、回し蹴りを加えた。
腹を蹴られて真澄の体が宙に浮き、後方に吹き飛ばされる。真澄は電車の屋根を掴もうとしたが、掴むことができず、架線柱に体をぶつけ、その弾みでさらに飛ばされ、地面に激突した。
それを見た雍和は、奴霊のロープを引きちぎり、慌てて真澄の元に飛んでゆく。
気を失っている真澄を抱え上げ、雍和は去ってゆく車両を忌々しげに睨みつけた。
列車の上で博貴が、お疲れ様と言うように、そろえた二本の指を額の横でピッと振ってみせた。
真澄と雍和の姿が見えなくなると、博貴は奴霊に命じて車両の扉を開けさせた。懸垂の要領で開いた扉から車内に入り、通路に降り立った。奴霊がすぐに扉を閉める。
通路を歩きながら指を少し噛み、出てきた血を霧にして周囲に広げた。博貴の出現をたまたま目にして驚いていた人間が、霧を吸うとトロンとした目になった。これでもう、何も覚えていないはずだ。
博貴は、勇真が座る席に向かった。
【登場人物】
神護博貴:勇真と真澄の叔父。60歳。外見は30代前半。血種。
神護真澄:勇真の兄。35歳。外見は7歳。血種。
神護勇真:主人公。33歳。神護家最後のひとり。
雍和:真澄が使役する妖獣。黄色い猿の姿で、赤い嘴と赤い目を持つ。
尸皇:神護家を守護する神。
【用語】
特急あずさ:JR東日本が主に新宿駅 - 松本駅間で運行する特急列車。
血種:血を媒介に特殊な力を操る者。
使霊:血種が操る霊体。白くてひらひら。
奴霊:血種が操る霊体。黒くてどろどろ。




