20.出発
【今回のあらすじ】
勇真は、友人に山の館へ行くことを告げる。
両親の急死から3か月が経ち、相続の手続きも無事に終わって、勇真は正式に神護家の主となった。これで勇真は山の館の正式な所有者となった。訪れるのも、どう処分するかも勇真が自由に決められる。それを阻むものはない。館を訪れて、もしそこがこの世に不要なものであるならば、解体することも視野に入れていた。
11月の最初の連休に山の館を訪れることに決め、きっぷと宿を予約した。
その前の週の土曜日、勇真は周佑にLINE音声通話をかけた。
「周佑、もしヒマだったら少し遊ばないか?」
小学生のときから、勇真は周佑をシューユーと呼んでいる。
「おう! 嫁も子もいないから大丈夫だ」
周佑は快諾した。
「いない? 愛想をつかされたのか?」
本気で心配していると、ちげーよ! と周佑は笑った。
「予定日が近いから、里帰りしてるんだよ」
「そうか、そういえば言っていたな。生まれたら出産祝いに何か贈るよ。ポルシェとかどうだ? ランボルギーニのほうが好きか? ピカピカのピカチュウ塗装のランボルギーニ」
「お前が言うと、冗談に聞こえないからヤメレ。てか、ランボルギーニをピカチュウにするなし!」
笑いながら、ゲーム機を起動する。
「なにをする?」
「久しぶりにスプラは?」
「オッケー」
スプラトゥーン3を開き、画面が切り替わるのを待つ。
「あれ? チャットのリクエスト? なにお前、Switch2を買ったのかよ?」
嬉しそうに言う周佑。
「ん。やっとアマゾンの招待メールが来たから、速攻でポチった」
笑いながら答えると、周佑の声が弾む。
「オーケー、じゃあ、チャットで通話な! やってみたかったんだよこれ」
周佑がチャットに入ってきて、通話しながらゲームを始めた。
ロビーに行き、バンカラマッチのオープンに部屋を作って周佑と合流する。
周佑のキャラは、ゲソの長いイカガールで使用ブキはパブロ。
勇真のキャラは、触手がくるんとしたタコボーイで使用ブキはジムワイパー。
「うわ~ ホコかよ~」
残念がる周佑。周佑はホコ運びが苦手だ。
「お前が敵を全部刈り取って道を作ってくれれば、俺がホコを運んでやるよ」
「よし! 任せろ!」
いままで当たり前だと思っていた友とのこんなふざけたやりとりが、今はとても貴重なものに思えた。もしかすると、こんな日常には二度と戻れないかもしれない。尸皇の姿が脳裏をかすめるたびに勇真はそう思う。
ゲームは2連勝して、3戦目に入った。
「なあ……」
苦手なホコを頑張って運んでいる周佑に声をかける。
「来週、信州にある屋敷に行ってみようと思うんだ」
「あー、なんかすっごいところにあるらしいな」
周佑は、ホコを運ぶことに神経を集中していて、返答はおざなりだ。
「もし、俺が戻ってこなかったら……」
「え?」
周佑は手を止めた。画面の中のイカガールが上を向いて棒立ちになり、敵のリッター4Kスコープに射貫かれる。
「今、なんて言った?」
咎めるような口調で周佑が言う。
「いや、なんでもない。忘れてくれ」
言いながら、周佑を射貫いたチャージャーをショクワンダーで倒す。
「ほら、敵が全滅してるぞ。早くジャンプして来い! 運んでやるから道を作れ!」
ホコのバリアを割りながらカモンを連打する。
ぶつくさ言いながら、周佑は戦線に復帰する。
俺が戻らなければお前に財産を全部やるよ、なんて言ったら周佑は迷惑だろうな。そう思うと笑えてきた。
「なんだよ……」
ふてくされた声で周佑が言う。それがおかしくて、勇真は声を出して笑った。
「周佑、お前のことが好きだよ」
自分の言葉がおかしくて、さらに笑う。
「なんだよ……なんだよ……」
周佑の焦った声で、余計笑いが止まらなくなった。
翌週、勇真は予定通り、〈特急あずさ〉に乗るため新宿駅に向かった。
前日の雨も止み、今は曇っているが日中には陽が出る予報で、行楽日和になりそうだった。
ホームは家族連れや若者のグループなどで賑わっていた。
勇真は列車に乗り込むと、窓際の席に座った。
新宿から2時間。意外と近い。ただ、山の屋敷までは、駅から車でさらに20分ほどかかるらしい。
山の屋敷には、いったい何があるのか、それとも何もないのか。勇真の不安を乗せたまま、電車は動きだした。
【登場人物】
神護勇真:主人公。33歳。両親が急死し、神護家の莫大な財産を相続する。
河合周佑:勇真の小学校からの友人。勇真からはシューユーと呼ばれている。
尸皇:神護家を守護する神だという老人。
【用語】
ポルシェ:ドイツの高級スポーツカー。
ランボルギーニ:イタリアの高級スポーツカー。
ピカチュウ:ポケットモンスターシリーズに登場するポケモンの一種。ネズミモチーフの黄色いキャラ。電気タイプ。アニメでは主人公サトシのパートナー。
スプラトゥーン/スプラ:任天堂のゲームソフト。インクを塗ることで陣地を広げ、インクで敵を倒すゲーム。スプラトゥーン3はSwitch用ソフトだがSwitch2でもプレイできる。
Switch2:任天堂のゲーム機。物語の時点(2025年10月)、まだまだ入手困難だが、ぼちぼち購入できるようになってきている。
チャット:Switch2に実装された音声チャット機能。
ポチる:ネット通販の購入ボタンを押すこと。ネット通販で購入すること。
バンカラマッチ:ガチバトルという対戦ルール。ガチエリア、ガチヤグラ、ガチホコ、ガチアサリの4種類ある。
オープン:バンカラマッチ対戦にはオープンとチャレンジがあり、チャレンジはひとりで行う腕試し、オープンはフレンドと合流して一緒にプレイできる。
イカ:スプラトゥーンのキャラ。ガールとボーイがいる。イカ形と人型に変形できる。髪の毛はイカの足。
タコ:スプラトゥーンのキャラ。ガールとボーイがいる。タコ形と人型に変形できる。髪の毛はタコの触手。
パブロ:筆型のブキ。
ジムワイパー:回転式ゴム印型のブキ。
ホコ:バンカラマッチのルールのひとつ。金のシャチホコのような大きなブキを敵陣へ運ぶ。
リッター4Kスコープ:ガソリンスタンドの給油ノズル型のブキ。全ブキ中最長射程を誇るチャージャー。
ショクワンダー:ゲージが溜まると使えるスペシャルウェポンのひとつ。忍者のような姿になり、触手を伸ばして遠くへ移動でき、着地がそのまま攻撃になる。奇襲用。
ジャンプ:味方のいる場所へジャンプできる。
ホコのバリア:ホコはバリアで守られており、バリアを割ってからでないと運べない。敵がバリアを割るとその爆発でデスする。
カモン:味方とのコミュニケーションに使える合図。〈カモン〉と〈ナイス〉がある。
特急あずさ:JR東日本が主に新宿駅 - 松本駅間で運行する特急列車。




