19.記録と記憶
【今回のあらすじ】
過去の出来事を思い出した勇真は、神護家の謎を解明するために山の館へ行くと決意する。
――そうだ、この言葉だ。
やはり、自分はこの言葉を聞いていたのだ。いつ聞いたのかもわからず、本当に聞いたのかさえあやふやで、それでも心を縛ってきた言葉。
聞いたときは、幼すぎて意味がわからなかったのだと思う。ただ、その深刻な声音がやけに印象に残り、心に刻まれた。
いつのころからか言葉の意味を知り、この言葉は呪縛となった。この言葉のせいで、父に拒絶されていると感じ、自分は神護家にいるべきではないと思った。この言葉が壁を作り、自分の心を両親から遠ざけ、神護の家に背を向けさせた。
「そうはいかぬよ」
画面の向こうでしわがれた声が言った。
同時に、カメラが勇真に焦点を当て、一気に近づいてきた。クローズアップされた幼い勇真は目を見開き、悲鳴を上げた。顔を背けて父にしがみつく。画面いっぱいに映された黒髪に向かって、カメラの方向から手が伸びてきた。深いしわが刻まれた爪の長い手。ゴツゴツして干からびたミイラのような手だ。
勇真は思わず悲鳴を上げそうになった。
画面はそこで唐突に暗転した。そのままノイズが続くだけで再開されない。映像はこれで最後のようだった。
心臓が激しく鼓動している。息が吸えない。
老人の手の感触を知っている。そう、あの感触を勇真は覚えている。
自分の頭頂部に手を当て、嫌なものを拭うように擦った。拭い去れない感触とともに、記憶が蘇る。
「ユウ君をどうするんだ!」
勇真をかばうように老人の前に立ちはだかり、兄が叫ぶ。
老人が何かしゃべったと思うが覚えていない。覚えているのは兄の言葉だけだ。
「ユウ君は連れて行かせない!」
兄の背中。いつも勇真を守ってくれた、頼もしい兄の背中。
笑う老人。その口に鋭い牙が見えた。
「やめて! やめて!」
勇真は叫び、父の胸を叩いて助けを求めた。しかし、父は老人を止めてくれない。叔父も助けてくれない。
「ユウ君、大丈夫だよ。僕が守ってあげるからね」
振り向いてにっこりと笑う兄。
「お兄ちゃん!」
勇真は頭を抱えてうずくまった。
なぜ今まで忘れ去っていたのか。
あのときの恐怖がまざまざと蘇り、全身を包み込む。
「クソッ」
勇真はうめいた。
――何なんだあの老人は。
――何なんだあの山の屋敷は。
――何なんだ神護の家は!
勇真は唇を噛み、拳を握りしめた。自分の知らないところで、自分に関わる何かが起こっている。このまま知らないままではいられないと思った。
この子には、継がせたくない……。
父のあの言葉は、神護家の呪縛から自分の子供を解放したいという必死の願いだったのかもしれない。今、心から父と話をしたいと思った。父ともっと話をしておけば良かったと思った。
あの、ビデオを撮影していた老人が尸皇なのだろうか。神を名乗る男は、100年前も今も、同じ姿で生き続けているというのか。鋭い牙を持つ不死の存在――そんなものが本当にいるのか。
兄は、自分の身代わりとなって尸皇のもとへ行ったのだろうか。あの少年はやはり本物の兄で、兄もまた、鋭い牙を持つ年を取らない不死の存在となって、尸皇に仕えているのだろうか。
老人の姿を思い浮かべると、今でも怖気が走る。それでも、山の館に行かなければならないと勇真は思った。山へ行って、今もあの老人が生きているのか確かめたい。高祖父の手記に書かれていることが真実なのかどうかも確かめなくてはならない。28年前にあの場所で兄と叔父に何が起こったのかも知る必要がある。両親の死が本当に単なる事故であるのかどうかも知りたい。そして、あの少年が兄であるかどうかも。
神護家の呪縛から本当に逃れるためには、真実を知ることが必要だと思った。
そのすべての答えがあるかどうかはわからないが、あの山の館には、神護家の秘密が隠されているのではないかと思う。なぜなら、父が、山の館の登記簿と一緒に、高祖父の手記や神護家の系図、そして館のものと思われる鍵を勇真に託したからだ。ならば、何があるにしろ、何もないにしろ、確かめに行くべきだろう。
勇真は、ノイズが続く画面を睨みつけ、山の館へ行くと心に決めた。
【登場人物】
神護勇真:主人公。33歳。1997年当時5歳。
神護真澄:勇真の兄。1997年当時7歳。
神護慎吾:勇真の父。1997年当時37歳。
神護博貴:勇真と真澄の叔父。1997年当時32歳。
尸皇:神護家を守護する神。
【用語】
山の館:信州の山に建つ神護家の館。勇真の高祖父慎一郎の代に建てられた。28年前に勇真の兄が叔父と共に姿を消した場所。勇真の両親が死んだ橋に近い。




