17.守るもの
【今回のあらすじ】
真澄は、勇真を狙う叔父と、マンションの屋上で対峙する。
長く続いた猛暑のあと、やっと秋が訪れるかと思ったものの、爽やかな秋空を楽しむ間もなく、曇りや雨の日が続いていたのだが、10月半ばのその日だけは、珍しく朝からずっと鬱屈した気分を払うような快晴だった。最高気温は25度に達したが、陽が落ちてからは、緩やかに吹く秋の気配を濃厚に纏った風が、アスファルトの車道やインターロッキングブロックの歩道に溜まっていた熱をさらっていった。
日没から1時間半ほど経った今、辺りはすっかり真っ暗だ。それでも、街灯や店舗の明かりや車のヘッドライトが、闇を払って人々の営みを支えている。
車の音も、行き交う人々の騒めきも途切れることはない。
駅から出て足早にバス停に向かう人。のんびりと歩く仕事帰りらしいスーツ姿の男性。仲が良さそうに肩を叩き合って居酒屋に入ってゆく老人たち。大声で笑い合う部活帰りらしき高校生の集団。母親の車から降りて学習塾に駆け込む小学生。ネギが顔を出すエコバッグを抱えたオフィスカジュアルの女性。皆、どこか穏やかな顔をしている。
人々が織りなすそれらのありふれた日常と、まったく同じ空間にありながら、そこには別種の闇と静寂がわだかまっていた。人々の目が届かないマンションの屋上に、完全に力を喪失した奴霊たちが黒々とした山を築いている。その山の頂に、真澄は魔界に君臨する王子のように悠然と座っていた。
彼の視線の先には叔父の博貴がいた。
叔父はタバコを咥え、隣接するビルの屋上の手すりの上に、両手をポケットに突っ込み、片足に体重をかけるようにして立っている。左肩から血が流れ出ているが、それを気にしている様子はまるでない。叔父の足元で黒い粘液を垂らした奴霊がボコボコと膨らんだり縮んだりを繰り返している。
「いい加減、諦めたら?」
真澄は、尻に敷いた奴霊の山を、手のひらでペチペチと叩きながら言った。
互いに血種になってから28年。血種としての能力にさほど差はないはずだ。子供の身体である分真澄が不利だが、真澄には老師から与えられた妖獣の雍和がいる。そのおかげで真澄が叔父に負ける可能性は低い。それでも、ずっと勝ち続けられるかといえば、必ずしもそうとは言えない。大人である叔父に比べて、子供のこの身体は体力がない。持久力に差がある以上、このまま戦いが続けばどうなるかわからない。
もし自分がやられれば、勇真がこの叔父の手に掛かってしまう。だから負けるわけにはいかない。絶対に負けられないという思いが真澄を研ぎ澄ます。
「残念ながら諦めは悪いんだ」
叔父は、右手をポケットから出すと、咥えていたタバコを2本の指でつまみ、ピッと弾いて捨てた。落ちていく吸い殻を、叔父の足元から伸びた影が飲み込む。
真澄がついそちらへ意識を向けてしまったほんの刹那、叔父が目の前に迫っていた。
顔面に迫る拳を、雍和が間に入ってギリギリ防いだ。同時に真澄の首に絡みつこうとしていた奴霊を、真澄が使役する使霊が食い千切る。
真澄は使霊に命じて、叔父の左肩の傷を攻めさせた。ひらひらと不定形にゆらめく白い使霊が、細く尖った棒に姿を変え、叔父の傷口を貫通する。雍和が嘴から放った光の玉が、叔父の腹を直撃する。
血種も痛みを感じる。叔父は肩と腹を押さえて唸った。
叔父は、手のひらから奴霊を伸ばし、隣のビルに設置されている携帯電話の基地局に絡めると、黒いロープのように見える奴霊に引っ張られて、隣のビルに逃げ、そのまま姿を晦ました。
かなりダメージを与えたはずだから、しばらくは戻って来ることができないだろう。
真澄は天を仰いでため息を吐いた。
「本当は、山に行かせたくはないんだけれどね……」
ひとり呟き、奴霊の山から飛び降りると、さっと手を振る。すると、使霊たちがわらわらと空中からにじみ出てきた。その白くゆらゆらとした不定形のものたちは、ぱかりと大きく口を開けると、山を築く奴霊たちを次々と飲み込みはじめた。使霊の口の中は暗く、どこか遠い宇宙の深淵に繋がっているかのようだった。
使霊は、奴霊を飲み尽くすと、虚空に溶けて消えた。
「街中でユウ君を守るのは、そろそろ限界みたいなんだ。叔父さんがやたら頑張りすぎちゃってさ。ごめんねユウ君」
真澄が視線を向けた先では、屋上の床に阻まれて人間の目では見ることができないが、マンション前の歩道に仕事帰りの勇真がちょうど辿り着いたところだった。
【登場人物】
神護真澄:勇真の兄。35歳。外見は7歳。血種。
神護博貴:勇真と真澄の叔父。60歳。外見は30代前半。血種。
雍和:真澄が使役する妖獣。黄色い猿の姿で、赤い嘴と赤い目を持つ。
【用語】
インターロッキングブロック:コンクリートのブロックをかみ合わせた舗装。ちょっとおしゃれなやつ。
血種:血を媒介に特殊な力を操る者。
奴霊:血種が操る霊体。
使霊:血種が操る霊体。




