15.系図と手記
【今回のあらすじ】
勇真は、神護家の家系図と、高祖父の手記を手に入れる。
数日後、浩一から勇真のもとへ、銀行関連の手続きが終わった旨の連絡が入った。勇真は半休を取って、銀行へ行った。
貸金庫など、当然ながら初めてだ。緊張しながら、案内に従って金属の扉がずらりと並ぶ部屋に入った。番号を確認し、もらったカードと更新したパスワードで扉を開ける。
貴金属類は入っていなかった。中にあったのは、細く割いた布で作られたラベルが付いた鍵の束と、古い紙の束だった。
錆が浮いた鍵に付けられたラベルには「門扉」「玄関」「食堂」「納戸」「寝室壱」「寝室弐」などと書かれている。おそらく明治期に建てられたという例の山の屋敷の鍵なのだろう。鍵の形を見る限りでは、日本家屋ではなく洋館のようだ。
紙の束にも、ざっと目を通す。
ひとつは登記簿だった。山の屋敷のもので間違いなさそうだ。土地の広さからして、山をまるまるひとつというのは本当のようだ。
あとは昔の漢字や旧仮名遣いで書かれた筆文字の文章の束。何かの記録のようだが、解読するには時間がかかりそうだ。
そして、コピー用紙2枚をセロハンテープでつなぎ合わせたものが入っており、〈神護家系図〉と書かれている。筆跡から父が書いたものと思われる。懐かしい、小さく几帳面な文字にそっと指を這わす。とたんに感傷の沼に沈み込みそうになり、慌てて指を離すと、紙束を畳んで鞄にねじ込んだ。
登記簿と鍵を戻し、貸金庫の扉を閉めると、勇真は足早に銀行を出た。
家に戻ると、着替えもせずに鞄を開けた。
貸金庫から持ち帰った紙の束を床に広げる。
「明治三十八年三月 奉天にて」という文字から始まる文章は、断片的にしか読めないが、年代からして、どうやら高祖父の手記らしい。
ざっと眺めたあと、父が書いた家系図に目を移す。
一番上に「慎一郎」とあり、名前の脇に細かな文字が記されている。
1874-1961 87歳 病没
1905年、奉天にて老師と邂逅
死の瀬戸際から救われ、
守護と奉仕の契約を結ぶ
この人物が、勇真の高祖父なのだろう。
スマホを取り出して「1905年 奉天」と検索をすると、日露戦争の奉天会戦があった年であることがわかった。元号では明治38年。
手記に目を戻す。
それでは、この「明治三十八年三月 奉天にて」と記されたあとの読めない文字は、系図と同じく〈老師〉なのだろうか?
しかし、直後の文字は〈老〉というよりは〈尸〉に見える。
――尸?
その文字に引っかかる。なぜなら、系図に3か所、赤字で〈尸〉の文字が書かれているからだ。
曾祖父の弟で6人兄弟の5番目で3男の寅三と、祖父の弟で5人兄弟の4番目、やはり3男の夏樹。そして、勇真の兄、真澄。この3人の名前に重ねて大きく〈尸〉の文字が書かれていた。
なぜか、叔父の博貴の名前にだけ〈忌〉の文字がある。
【尸】死んだ人の体。死体。なきがら。
【忌】きらって避ける。にくむ。ねたむ。
文字の意味を検索して確認したが、なぜこの文字が名前の上に記されているのかわからない。
遺体は見つからないが兄は死んでおり、叔父は何か忌むべきことをやって死んだという意味なのだろうか?
〈尸〉と記載のある3人は、〈〇歳で山へ奉仕〉と書かれている。
寅三は、〈1940年 26歳で山へ奉仕〉。
夏樹は、〈1958年 22歳で山へ奉仕〉。
兄は、〈1997年 7歳で山へ奉仕〉だ。
〈忌〉と記載がある博貴叔父は、〈1997年 32歳 忌〉と書かれている。
1997年――28年前。それは兄が失踪し、博貴叔父が橋から身を投げたという年だ。
この短い文章で、父はいったい何を伝えようとしたのだろうか。
わざわざ貸金庫に入れて、その鍵を勇真に渡すよう税理士に頼んだということは、この系図は勇真に遺したものと考えていいだろう。父が自身のためだけに書いた単なる覚書ではなく、遺して伝える意志があったものに違いない。そのわりには、意味が伝わらない。勇真には書かれた文字の意味が理解できない。詳しく書くわけにはいかない何らかの事情があったのか。手記と一緒に入っていたということは、手記を読み込めば、自ずと理解できるということなのか。
〈尸〉と〈忌〉が書かれた4人と、家系図が書かれたときは健在だった両親と勇真以外は、全員死亡した年と死因が書かれている。
本当に誰もいないのだと、血縁は絶たれてしまったのだと再認識し、のどの奥が詰まるのを感じた。
血縁とはいったい何なのだろう?
失ったことで生じるこの心の空白は何なのだろう?
寄る辺のないこの不安はいったいどこから湧いてくるのか?
こうも血のつながりを恋しく思い、欲してしまうのは生き物としての本能なのか?
〈尸〉と〈忌〉のしるしがある4人は、生まれた年は記されているが、死亡した年の記載がなく、代わりに小さな×が付いている。
死亡とはどこにも記されていない。
兄と名乗った少年の顔が脳裏に浮かぶ。
――まさか、死んでは、いない?
首を振って、勇真はその妄想を追い払う。
どれだけ似ていたとしても、兄が7歳のときの姿のまま生きているなど、どうして信じることができるだろうか。
バカバカしい。
バカバカしいにもかかわらず、ともすればそんなたわごとを信じてしまいそうになる自分を、疎ましく思った。
系図と手記をたたみ、ローテーブルの上に置くと、勇真は立ち上がった。
今あれこれ考えたところで答えは出ない。出るはずもない。時間をかけて、じっくりと手記の中身を調べてみようと思う。両親が死んでから理解が追い付かないことばかりだ。だが、この紙束を読むことができれば、神護家の謎の一端がわかるかもしれない。
洗面所へ行き、手を洗う。
鏡にやつれた自分の顔が映っている。
切れ長の目の、いつもは一重のまぶたが二重になっている。子供のころから体調が悪くなるとなぜか二重になる。今は休むべきときである証拠だ。
普段は眠そうな目なのに、具合が悪いときだけ目がぱっちりとして可愛くなると、よく笑われた。こうして二重になると、兄に似ている。あの少年と似ている。
首を振って、思考を追い払う。とにかく、まずはしっかり食事を摂ろう。そして眠る。勇真は自分にそう言い聞かせた。
【登場人物】
神護勇真:主人公。33歳。IT企業に勤めるサラリーマン。
神護慎一郎:勇真の高祖父。
神護寅三:慎一郎の三男。勇真の曾祖父の弟。
神護夏樹:慎一郎の孫。勇真の祖父と弟。
神護博貴:勇真の叔父。父の弟。
神護真澄:勇真の兄。
【用語】
半休:半日だけとる有給休暇。半日休暇。
邂逅:偶然の出会い。運命の出会い。




