表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/17

15.系図と手記

【今回のあらすじ】

勇真は、神護家の家系図と、高祖父の手記を手に入れる。

 数日後、浩一から勇真のもとへ、銀行関連の手続きが終わった旨の連絡が入った。勇真は半休(はんきゅう)を取って、銀行へ行った。

 貸金庫など、当然ながら初めてだ。緊張しながら、案内に従って金属の扉がずらりと並ぶ部屋に入った。番号を確認し、もらったカードと更新したパスワードで扉を開ける。


 貴金属類は入っていなかった。中にあったのは、細く割いた布で作られたラベルが付いた鍵の束と、古い紙の束だった。

 錆が浮いた鍵に付けられたラベルには「門扉」「玄関」「食堂」「納戸」「寝室(いち)」「寝室()」などと書かれている。おそらく明治期に建てられたという例の山の屋敷の鍵なのだろう。鍵の形を見る限りでは、日本家屋ではなく洋館のようだ。

 紙の束にも、ざっと目を通す。

 ひとつは登記簿だった。山の屋敷のもので間違いなさそうだ。土地の広さからして、山をまるまるひとつというのは本当のようだ。

 あとは昔の漢字や旧仮名遣いで書かれた筆文字の文章の束。何かの記録のようだが、解読するには時間がかかりそうだ。

 そして、コピー用紙2枚をセロハンテープでつなぎ合わせたものが入っており、〈神護家(かみごけ)系図〉と書かれている。筆跡から父が書いたものと思われる。懐かしい、小さく几帳面な文字にそっと指を()わす。とたんに感傷の沼に沈み込みそうになり、慌てて指を離すと、紙束を畳んで鞄にねじ込んだ。

 登記簿と鍵を戻し、貸金庫の扉を閉めると、勇真は足早に銀行を出た。



 家に戻ると、着替えもせずに鞄を開けた。

 貸金庫から持ち帰った紙の束を床に広げる。


「明治三十八年三月 奉天(ほうてん)にて」という文字から始まる文章は、断片的にしか読めないが、年代からして、どうやら高祖父の手記らしい。

 ざっと眺めたあと、父が書いた家系図に目を移す。

 一番上に「慎一郎(しんいちろう)」とあり、名前の脇に細かな文字が(しる)されている。


 1874-1961 87歳 病没

 1905年、奉天にて老師と邂逅(かいこう)

 死の瀬戸際から救われ、

 守護と奉仕の契約を結ぶ


 この人物が、勇真の高祖父なのだろう。

 スマホを取り出して「1905年 奉天」と検索をすると、日露戦争の奉天会戦があった年であることがわかった。元号では明治38年。

 手記に目を戻す。

 それでは、この「明治三十八年三月 奉天にて」と記されたあとの読めない文字は、系図と同じく〈老師〉なのだろうか?

 しかし、直後の文字は〈老〉というよりは〈()〉に見える。


――尸?


 その文字に引っかかる。なぜなら、系図に3か所、赤字で〈尸〉の文字が書かれているからだ。

 曾祖父の弟で6人兄弟の5番目で3男の寅三(とらぞう)と、祖父の弟で5人兄弟の4番目、やはり3男の夏樹(なつき)。そして、勇真の兄、真澄(ますみ)。この3人の名前に重ねて大きく〈尸〉の文字が書かれていた。

 なぜか、叔父の博貴(ひろき)の名前にだけ〈()〉の文字がある。


【尸】死んだ人の体。死体。なきがら。

【忌】きらって()ける。にくむ。ねたむ。


 文字の意味を検索して確認したが、なぜこの文字が名前の上に記されているのかわからない。

 遺体は見つからないが兄は死んでおり、叔父は何か()むべきことをやって死んだという意味なのだろうか?


 〈尸〉と記載のある3人は、〈〇歳で山へ奉仕〉と書かれている。

 寅三は、〈1940年 26歳で山へ奉仕〉。

 夏樹は、〈1958年 22歳で山へ奉仕〉。

 兄は、〈1997年 7歳で山へ奉仕〉だ。

 〈忌〉と記載がある博貴叔父は、〈1997年 32歳 忌〉と書かれている。

 1997年――28年前。それは兄が失踪し、博貴叔父が橋から身を投げたという年だ。


 この短い文章で、父はいったい何を伝えようとしたのだろうか。

 わざわざ貸金庫に入れて、その鍵を勇真に渡すよう税理士に頼んだということは、この系図は勇真に遺したものと考えていいだろう。父が自身のためだけに書いた単なる覚書(おぼえがき)ではなく、遺して伝える意志があったものに違いない。そのわりには、意味が伝わらない。勇真には書かれた文字の意味が理解できない。詳しく書くわけにはいかない何らかの事情があったのか。手記と一緒に入っていたということは、手記を読み込めば、(おの)ずと理解できるということなのか。


 〈尸〉と〈忌〉が書かれた4人と、家系図が書かれたときは健在だった両親と勇真以外は、全員死亡した年と死因が書かれている。

 本当に誰もいないのだと、血縁は絶たれてしまったのだと再認識し、のどの奥が詰まるのを感じた。


 血縁とはいったい何なのだろう?

 失ったことで生じるこの心の空白は何なのだろう?

 寄る辺のないこの不安はいったいどこから湧いてくるのか?

 こうも血のつながりを恋しく思い、(ほっ)してしまうのは生き物としての本能なのか?


 〈尸〉と〈忌〉のしるしがある4人は、生まれた年は記されているが、死亡した年の記載がなく、代わりに小さな×が付いている。

 死亡とはどこにも記されていない。

 兄と名乗った少年の顔が脳裏に浮かぶ。


――まさか、死んでは、いない?


 首を振って、勇真はその妄想を追い払う。

 どれだけ似ていたとしても、兄が7歳のときの姿のまま生きているなど、どうして信じることができるだろうか。

 バカバカしい。

 バカバカしいにもかかわらず、ともすればそんなたわごとを信じてしまいそうになる自分を、(うと)ましく思った。


 系図と手記をたたみ、ローテーブルの上に置くと、勇真は立ち上がった。

 今あれこれ考えたところで答えは出ない。出るはずもない。時間をかけて、じっくりと手記の中身を調べてみようと思う。両親が死んでから理解が追い付かないことばかりだ。だが、この紙束を読むことができれば、神護家の謎の一端がわかるかもしれない。


 洗面所へ行き、手を洗う。

 鏡にやつれた自分の顔が映っている。

 切れ長の目の、いつもは一重(ひとえ)のまぶたが二重(ふたえ)になっている。子供のころから体調が悪くなるとなぜか二重になる。今は休むべきときである証拠だ。

 普段は眠そうな目なのに、具合が悪いときだけ目がぱっちりとして可愛くなると、よく笑われた。こうして二重になると、兄に似ている。あの少年と似ている。

 首を振って、思考を追い払う。とにかく、まずはしっかり食事を()ろう。そして眠る。勇真は自分にそう言い聞かせた。

【登場人物】

神護勇真かみごゆうま:主人公。33歳。IT企業に勤めるサラリーマン。

神護慎一郎かみごしんいちろう:勇真の高祖父。

神護寅三かみごとらぞう:慎一郎の三男。勇真の曾祖父の弟。

神護夏樹かみごなつき:慎一郎の孫。勇真の祖父と弟。

神護博貴かみごひろき:勇真の叔父。父の弟。

神護真澄かみごますみ:勇真の兄。


【用語】

半休:半日だけとる有給休暇。半日休暇。

邂逅:偶然の出会い。運命の出会い。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ