13.28年前
【今回のあらすじ】
勇真は父の友人でもあった税理士に、兄の失踪について尋ねた。
「もちろん万が一に備えてという意味だよ」勇真の疑問を察したかのように浩一は言った。
「それなりの年齢になればそういう心配はするものさ。それでも、まさか急にこんなことになるとは思ってもいなかっただろうね」
浩一は、勇真にカードを手渡した。
「銀行のほうの手続きが終わったら連絡をするから、貸金庫の中身をなるべく早く確認してほしいんだ」
勇真は受け取ったカードを見つめた。
父が公私ともに深く信頼していた税理士に託したカード。貸金庫の中にはいったい何が入っているというのだろう。
「現金や証券、貴金属、登記簿など、申告が必要な物が入っていたら教えてくれないか」
「わかりました」
勇真は頷き、カードを鞄にしまった。
「あの……」
勇真は少しためらったあと、思い切って口を開いた。
「なんだい?」
「兄のことを、何かご存じでしょうか?」
浩一は少し困った顔をしたが、勇真はかまわず続けた。
「俺が5歳の時、兄は死んだと聞かされました。でも、戸籍では失踪したことになっています。兄に、何があったかご存じではありませんか? 父から何か聞いていませんか?」
「正直なところ、ほとんど何も知らないんだ。ただ――」浩一は言い淀み、思案するように視線を斜め上へ向けた。
やがて、ためらいながら口を開いた。
「私が知っているのは、新聞にも載ったようなことだけだよ。それでもいいかな?」
勇真は頷いた。
「君のお兄さんの行方がわからなくなったのは、この前話した信州に所有している山でのことだ。あそこには古い屋敷が一軒だけ建っていて、君のお父さんと、お兄さんと、君。あと君の叔父さん――お父さんの弟にあたる人の4人で、その家を訪れていた」浩一は確認するように勇真を見た。勇真には初耳らしいことを見て取った浩一は話を続けた。
「その日、叔父さんは君のお兄さんを連れて屋敷を出た。どこへ行くのかは言わなかったらしい。数十分後、叔父さんが橋から落ちた。君のご両親が事故に遭ったのと同じあの橋だ」
同じ橋?
嫌な偶然に、背筋が寒くなる。
――偶然? 本当に偶然なのだろうか?
「目撃者はいたが、事故か自殺かはわからず、叔父さんの遺体は見つからなかった。橋から落ちたとき、君のお兄さんは一緒ではなかったらしい。どこへ行ったのか、目撃情報もなかったそうだ」
「叔父が、兄を……?」
つい、嫌な想像をしてしまう。
浩一は首を振った。
「警察は叔父さんがお兄さんをどうにかしたあと自殺したのではないかと疑っていたようだが、どうなんだろうね。結局、叔父さんもお兄さんも見つからず2週間ほどで捜索は打ち切られた。君のご両親もそれ以上探そうとはしなかった」
浩一は息を吐き、眉間を指で揉んだ。
「それが、私が知っているすべてだよ。不可解だし、疑問は残るが、君のお父さんにそれ以上突っ込んだことを聞くわけにもいかなくてね。ご両親は君のメンタルの保護を優先したのかもしれないと思っている」
浩一は、勇真を気遣ってそう言ったのだろう。だが勇真は、両親との間に感じていたあの冷たい壁に、再び触れてしまった気がした。
「その山の屋敷には誰か住んでいたのでしょうか?」
「あの屋敷は、明治期に建てられて、君たちのご先祖が住んでいたとは聞いたけれど、事件当時は誰もいなかったようだね。今も賃貸に出していないし、おそらくずっと空き家で、ときおり管理のために訪れていただけじゃないかな。不便な場所だしね」
言われてみれば、父は年に数度、休みの日にどこかへひとりで出掛けていた。その際、必ず信州みやげを買ってきた。子供のころの勇真はおみやげを素直に喜んだが、母はどこか暗い顔をしていたのを覚えている。
なんの根拠もないのだが、ふと、母に張り付いていたあの不安は、山の館にかかわりがあるのではないかと思った。
浩一は、言葉通り、それ以上の話は知らないようだった。
勇真は謝辞を伝えて事務所を後にした。
【登場人物】
神護勇真:主人公。33歳。IT企業に勤めるサラリーマン。
河合浩一:神護家の税理を担当していた税理士。勇真の友人の父。勇真の父の友人。
勇真の兄:神護真澄。28年前に死んだとされていたが、実は行方不明らしい。
勇真の叔父:神護博貴:28年前に死んだと思われている。
勇真の父:神護真悟。65歳。先日橋から転落して死亡。
勇真の母:神護優美。62歳。先日橋から転落して死亡。
【用語】
両親が事故に遭った橋:千峨戸大橋。赤く塗られた鉄骨製のアーチ橋。(物語上の架空の橋)




