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9.証拠隠滅

【今回のあらすじ】

食事から帰ると、実家の建物が燃えていた。

 知らず知らずのうちに、うたた寝をしていたらしい。テーブルの上のコーヒーがすっかり冷めていた。

 勇真は顔を(しか)めてコーヒーを飲み干すと、会計をして店を出た。


 家に向かって歩きながらため息を()く。

 あの部屋のあの惨状。いったいどう始末をつければいいのか。そもそも始末をつけることなどできるのか。

 現実のこととは思えない。

 すべては夢だったのではないか。

 ひとり入ったファミレスでうたた寝をしている間に見た夢。戻れば、薄暗い蛍光灯の(もと)、白い布団に包まれて両親が横たわっているだけなのではないか。

 いや、きっとそうに違いない。

 そう思いつつも、家に向かう足は重い。


 のろのろと歩く勇真の横を消防車が追い越してゆく。

 そういえば、先ほどからけたたましいサイレンがずっと聞こえている。火事は近そうだ。しかもかなり大きな火事のようだ。

 立ち止まって見上げれば、家の方角から黒い煙が上がっていた。

 胸騒ぎを覚えて、勇真は足を速めた。


 何台もの消防車に囲まれ、消防士によって放水されているのは、まぎれもなく実家の建物だった。

 近所の人だろうか、規制線の外に人垣ができており、皆一様(いちよう)に好奇心と不安を兼ね備えた目で炎と黒煙を見つめている。


 火の勢いが強い。炎は建物全体を覆いつくし、天を焦がしそうな勢いで燃え盛っている。


――家を出るときに、ろうそくは消しただろうか?

――線香はそのままだったのではないか?


 自分がやらかしてしまった可能性に、胃がヒリヒリする。どうすればいい? 過失だとしても失火は罪になるのだろうか。言い訳を探して頭が回転する。しかし、言い訳など通用しないだろう。自分は罪人になってしまうのだろうか。


 視線の先に、あの少年の姿があった。人々に混じって素知らぬ顔で見物している。勇真と視線が合うと、少年はにやりと笑って身を(ひるがえ)した。

 追おうとしたが、すぐに姿を見失った。



 駅前のビジネスホテルに部屋をとり、昨日に続いて眠れぬ一夜を過ごしたあと、事情聴取や手続きやらでくたくたな数日を経て、度重なる不幸を心の底から憐れんでいる様子の葬儀屋に全部丸投げにして焼骨を終え、遺骨はいつも法要を頼んでいる寺に預けた。


 火元も出火原因も不明だそうだ。

 1階の8畳の和室ひと部屋が、一気に燃えあがったかのような状態だったという。畳も壁も天井も一気に。

 原因がはっきりしないまま、地中から湧いたガスなど、何らかの原因による自然発火現象ということにされた。

 両親の遺体は骨しか残っていなかった。あの黒い粘液が存在した形跡はあとかたもない。


 東京へ戻る前に、もう一度焼け跡を見に行った。

 広い敷地に、炭化した柱と梁が、青い空を背景にくっきりと、生々しい存在感を持ってそびえ立っている。


――証拠隠滅。


 不穏な言葉が、あの少年のニヤリと笑う顔とともに頭に浮かぶ。

 勇真になんらかの嫌疑がかかることもなく、わけのわからない異常な状況を他人に説明する必要もなく、ある意味すべてが丸くおさまっている。


――お兄ちゃんが守ってあげるからね。


 少年の声が頭の中で響く。

 無性に腹が立った。あのしたり顔を殴れるものなら殴り飛ばしたいという、残忍な気持ちが湧き、勇真はそんな自分を嫌悪した。

【登場人物】

神護勇真かみごゆうま:主人公。33歳。IT企業に勤めるサラリーマン。

少年:神護真澄(かみごますみ)。勇真の兄。35歳。外見は7歳。


【用語】

規制線:事故や事件、火事などの現場の保存や安全確保のための立入制限用に張られる黄色いテープ。

あの黒い粘液:奴霊(どれい)=血種が操る霊体。

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