第2話「はじめての改造!アステル改造計画!」
朝の光がカーテンの隙間から差し込む、天宮ケイの部屋。
机の上には工具やカスタマイズ用のパーツが広がっていた。その中央に置かれているのは、白と青を基調としたギアフレーム、アステルだ。
ケイは椅子に腰掛け、アステルを両手で持ち上げると、肩から腕、脚部へと順番に目を走らせた。
「……うん。大きな傷は、ないみたい」
ほっと息をついたケイは、アステルの向きを変え、もう一度装甲を確かめる。
昨日は初めてのGEAR LINKバトルだった。
高橋ユウリの操るブレイカーを相手に、何度も攻撃をかわし、必死に考えながら戦った。
そして、最後には勝つことができた。
あのときの喜びは、今でも鮮明に思い出せる。けれど、ケイが気にしてしまうのはアステルのことだった。
GEAR LINKでは、仮想空間で受けたダメージが実物のギアフレームにも反映される。
だからこそ、姉の大切な機体を傷つけてしまうことが怖かった。
「あれ……? ここ、昨日は……」
肩の装甲を傾けたとき、ケイはその内側に小さな擦れ跡を見つけた。
目立つものではない。
けれど、昨日まではなかったはずの傷だった。
『肩の内側だね。戦闘記録にも、左肩への軽い衝撃が残ってるよ』
隣に浮かぶレイが、ケイの手元をのぞき込む。
「やっぱり……」
ケイは小さくつぶやき、擦れ跡をじっと見つめた。
「……ぼく、ちゃんと気をつけていたつもりだったんだけどな」
『初めてのバトルだったんだもの。全部を完璧にこなすのは難しいよ』
レイは責めるでもなく、優しい声でそう言った。
『でも、昨日のケイはすごかったよ。ブレイカーの動きを見て、狭い場所なら相手の機動力を封じられるって考えたんだよね?』
「う、うん……。あのまま正面から戦っていたら、たぶん負けてたと思う」
『それなら、次はもっと上手に戦えるようになればいいんじゃないかな?』
ケイは顔を上げた。
レイの言葉は、傷を気にするなという意味ではなかった。
傷つけてしまったことをなかったことにするのではなく、次はどうすればいいのかを一緒に考えようとしてくれている。
「……そうだね。次は、もっとアステルを守れるようになりたい」
『うん! 一緒に考えよう!』
レイが笑う。
その笑顔につられるように、ケイもほんの少しだけ口元を緩めた。
まだ、戦うことへの怖さは消えていない。
それでも、自分には一緒に考えてくれる相棒がいる。
「よし……。まずは昨日のバトルを見直そう。どこがよくて、どこがダメだったのか、ちゃんと調べてみたい」
『私も手伝うね!』
「うん。よろしく、レイ」
ケイはアステルを机に戻すと、端末を操作し、GEAR LINKの戦闘記録を開いた。
モニターには、昨日のバトル映像が映し出されていた。
アステルがブレイカーの攻撃をかわす。しかし、その直後に体勢を崩し、次の攻撃を受けそうになっている。
「ここだ……!」
ケイは映像を一時停止した。
『ブレイカーの攻撃を避けたあとだね』
「うん。あのとき、もう一度攻撃を避けようとしたんだけど、アステルの動きが遅れてるんだ。
たぶん、ぼくが操作を急ぎすぎたんだと思う」
レイは映像を少し巻き戻し、アステルの動きとブレイカーの攻撃のタイミングを重ねて表示した。
『回避した直後に、すぐ次の動作を入力してるね。
これだと、アステルが体勢を立て直す前に動こうとしてしまうみたい。』
「なるほど……。だったら、一度動きを止めて、体勢を整えてから次の操作に移ればいいのかな?」
『そうだね。ただ、相手が待ってくれるとは限らないから、どのタイミングで動くかも大事だと思う』
「うーん……。難しいなあ」
ケイは頬に手を当て、画面を見つめた。
戦闘記録を見れば見るほど、自分ができていなかったことが見つかる。勝ったからといって、すべてがうまくいっていたわけではない。
けれど、ケイにとって、動きを分析して改善点を探す作業は嫌いではなかった。
むしろ、どうすればもっとよくなるのかを考える時間は、模型を組み立てているときと同じくらい夢中になれる。
「……よし。ちょっと練習してみよう」
ケイはナギサが過去に使用していた旧式の簡易版GEAR LINKを起動し、トレーニングモードを選択した。
仮想空間にアステルの姿が再現され、訓練用の仮想敵が現れた。
「まずは回避。そのあと、すぐに動かないで……」
アステルが仮想の攻撃をかわす。
「今だ!」
勢いよく次の操作を入力したアステルは、体勢を崩してしまった。
「ああっ! まただ……!」
『今度は、少しだけ早かったね』
「分かってるんだけど、攻撃が来ると思うと、どうしても急いじゃうんだ……」
ケイは操作パネルから手を離した。
頭では分かっている。けれど、いざ攻撃が迫ると、アステルが傷つくことを恐れてしまい、早くその場から逃れようとする。
その焦りが、かえって危険を招いていた。
『ケイ、昨日もそうだったね。攻撃を受けるのが怖いんだよね?』
「……うん」
ケイは視線を落とした。
「アステルが傷つくのも怖いし……。ぼくのせいで、お姉ちゃんの大切なものを壊しちゃったらって思うと、どうしても……」
姉と一緒に過ごした日々が、ふと頭をよぎる。
姉がアステルを操る姿は、ケイにとって憧れそのものだった。自分もいつか一緒に戦いたい。そう思っていたのに、いざ自分が操縦席に立つと、怖くてたまらなかった。
『そっか……』
レイは、いつもより少しだけ静かな声で答えた。
『でもね、ケイ。昨日のバトルで、ケイはアステルを守るために考えて、動いて、勝ったんだよ』
「……うん」
『怖いって思うことと、何もできないことは、同じじゃないと思うな』
ケイは顔を上げた。
レイは、まっすぐにケイを見つめていた。
『私はケイがどんなふうに戦いたいのか、もっと知りたい。だから、一緒に練習させて?』
「……レイ」
『私はケイの相棒だからね!』
レイとは出会ったばかりだ。まだ分からないことだらけだし、レイが何者なのかさえ、はっきりとは分かっていない。
それでも、彼女は自分と一緒に戦おうとしてくれている。
「……うん。ぼくも、もっとレイと一緒に戦いたい」
「えへへっ!じゃあ、もう一回!」
『よ、よし……!今度こそ!』
再びトレーニングモードが始まる。
何度も失敗しながら、ケイは少しずつアステルの動かし方を覚えていった。
そして、何度目かの挑戦。
アステルは攻撃をかわしたあと、しっかりと体勢を整え、次の動作へと移った。
「……できた!」
『やったね、ケイ!』
「うん!今の感覚、忘れないようにしなくちゃ……!」
ケイはすぐに戦闘記録を保存し、成功した操作を何度も確認した。
まだ完璧ではない。それでも、昨日より少しだけ前に進めた気がした。
レイは、そんなケイの姿をうれしそうに見つめていた。
休日。
ケイはアステルを連れて、いつもの模型店を訪れていた。
店内には、さまざまなGEAR FRAMEのキットやカスタマイズ用パーツが並んでいる。
新商品の棚には、昨日まで見かけなかったパーツもいくつか追加されていた。
「おっ、ケイちゃん、いらっしゃい!」
カウンターの向こうから、店長が声をかける。
「店長さん、こんにちは!」
「昨日はイベントに出たそうだね、初めてのGEAR LINKはどうだった?」
「えっと……その……勝つことはできたんですけど、アステルにちょっとだけ傷がついちゃって……」
ケイは少し気まずそうに、アステルを差し出した。
店長は機体を受け取ると、肩の装甲を確かめる。
「なるほど。軽い擦れ跡だね。動作に問題はなさそうだ」
「はい。でも、もっと上手に戦えるようになりたいんです。アステルを守りながら戦えるように……」
「なるほどね。それで、今日はパーツを探しに来たのかい?」
「はい!アステルの動きをもう少し安定させられるパーツがあればいいなって」
ケイの表情が、みるみる明るくなっていく。
棚に並んだパーツをひとつずつ眺め、手に取っては、アステルに取り付けたときのことを想像する。
軽量化用のパーツ、関節の可動域を広げるパーツ、装甲を補強するパーツ。
どれも魅力的で、見ているだけでも楽しかった。
「このパーツなら、肩の動きを邪魔しないで補強できそうだけど……。うーん、こっちは重くなりそうだし……」
「ははっ。ずいぶん真剣だね」
「えっ!? あっ、す、すみません! つい夢中になっちゃって……!」
「いやいや、謝ることじゃないさ。そうやって考えるのが、模型の面白いところだからね」
店長は、ケイが手にしているパーツをのぞき込んだ。
「ただ、アステルに合わせるなら、もう少し軽い補助フレームがあってもいいかもしれないな」
「補助フレーム……?」
「ああ。装甲を増やすんじゃなくて、関節の動きを支えるためのパーツだよ。うまく組み合わせれば、重さをあまり増やさずに安定性を補える」
「そんなパーツがあるんですか……!」
ケイは教えられた棚を探し始めた。
やがて、目的に合いそうなパーツを見つける。
「これだ……! これなら、アステルに合うかもしれない……!」
しかし、値札を見た瞬間、ケイの表情が曇った。
「……うう。ちょっと、今は手が届かないかも……」
『残念だけど、ほかのパーツも見てみよう?』
レイが気遣うように声をかける。
「うん……。せっかくいいものが見つかったのになあ」
ケイは名残惜しそうにパーツを棚へ戻した。
「……ちょっと待っててくれるかい?」
店長はそう言うと、店の奥へと入っていった。
しばらくして、戻ってきた店長の手には、小さなパーツケースがあった。
「これ、ケイちゃんにあげよう」
「えっ!?い、いいんですか!?」
「うん。中身は、さっき探していた補助フレームだよ」
ケイは驚いて、店長の手元とパーツの棚を交互に見た。
「で、でも……!こんなにいいパーツ、もらうわけには……!」
「実はね、昔、お姉さんがここでカスタマイズの相談をしていたときに、予備として買っていったものなんだ」
「……お姉ちゃんが?」
「ああ。結局、そのときは使わなかったんだけどね。店に預けたままになっていたんだ。
いつか使うべき人が現れた時に渡してあげてほしいと頼まれていたんだよ。」
店長はパーツケースをケイに差し出した。
「きっと君に使ってもらったほうが、このパーツも喜ぶと思うんだ。」
ケイは、ケースの中のパーツを見つめた。
姉がかつて手に取り、何かを考えながら選んだもの。
それが今、自分の手の中にある。
「……ありがとうございます。大切に使います」
「使うなら思い切って使ってね。
パーツっていうのは、組み合わせて初めて面白くなるものだからね」
「はい……!」
ケイは大事そうにパーツケースを抱えた。
そんなケイに、店長はもうひとつ言葉をかける。
「それと、もうひとつ」
「?」
「お姉さんは確かにすごいプレイヤーだった。でも、ケイちゃんが同じものを作らなきゃいけないわけじゃない。」
「……!」
「お姉さんにはお姉さんのやり方があった。ケイちゃんには、ケイちゃんのやり方があるはずさ」
ケイは、パーツケースをぎゅっと握りしめた。
自分は、姉のようには戦えない。
姉のように堂々とバトルに臨むことも、まだできない。
それでも、パーツを眺め、組み合わせを考え、何度も試して、自分だけの形を作り上げること。
それなら、自分にもできるかもしれない。
「……ぼくの、やり方」
「そう。せっかく自分で考えて作るんだ。自分がいいと思うものを、ちゃんと形にしてみなよ」
ケイは顔を上げた。
「……はい!」
さっきまでの遠慮がちな表情に、少しだけ自信が戻っていた。
『よかったね、ケイ!』
レイの声に、ケイはうれしそうにうなずく。
「うん! 早く帰って、アステルに合わせてみたい!」
「ははっ。あんまり急いで転ばないようにね!」
「だ、大丈夫ですよ!……たぶん!」
『たぶんなんだ?』
「も、もう!レイまで!」
二人の笑い声が、模型店に響いた。
その夜。
ケイの部屋では、机の上にアステルと新しい補助フレーム、そしてケイがこれまで集めてきた小さなパーツが並べられていた。
「よし……。まずは、ここに合わせて……」
ケイは補助フレームをアステルの肩付近に仮組みしてみる。
しかし、思ったように収まらない。
「あれ……。このままだと、腕を動かしたときに干渉しちゃうなあ」
『少し外側にずらしてみるのはどうかな?』
レイがアステルの肩をのぞき込みながら提案する。
「それだと、今度はバランスが悪くなりそう……。あっ、そうだ!」
ケイは小さなスペーサーを取り出した。
「このスペーサーを間に入れれば、少しだけ位置を調整できるかもしれない!」
『なるほど!それなら動かしやすくなるかも!」』
「うん。試してみよう!」
ケイはパーツを組み替え、何度もアステルの腕を動かしてみた。
少し取り付け位置を変えては確認し、また外しては組み直す。
補助フレームの向きを変え、スペーサーの厚みを確かめ、関節を動かしたときに引っかかりがないかを確認する。
夢中になって作業を続けるケイの表情からは、いつものおどおどした様子が消えていた。
こうして何かを作り上げる時間は、ケイにとって特別なものだった。
「……よし、これなら!」
ようやく補助フレームが、アステルの肩にぴたりと収まった。
「できた!」
『わあっ!出来たね、ケイ!』
レイが目を輝かせる。
ケイはアステルを持ち上げ、いろいろな角度から眺めた。
白と青を基調とした姿は、以前と大きく変わってはいない。
けれど、肩には新しい補助フレームが加わり、細かな部分にもケイなりの工夫が施されていた。
「……なんだか、不思議だな」
『何が?』
「お姉ちゃんのアステルなのに、少しだけ、ぼくのアステルになった気がするんだ」
『うん。ケイが考えて、ケイの手で組み変えたんだもんね』
ケイは、アステルの肩をそっと指でなぞった。
「……お姉ちゃんだったら、どんなふうに改造したんだろう」
ふと、手が止まる。
姉なら、もっと大胆な改造を思いついたかもしれない。自分では考えつかないような組み合わせを見つけ、あっという間に理想の形を作り上げてしまうかもしれない。
「ぼくの改造なんて、お姉ちゃんから見たら、まだまだなのかもしれないけど……」
『そんなことないよ』
レイの声が、静かに響いた。
「……レイ?」
『ケイがアステルのことを考えて、こうしたいって思って作ったんでしょ?だったら、それはケイにしかできない改造だよ』
ケイはアステルを見つめたまま、しばらく黙っていた。
やがて、小さく息を吐く。
「……そっか」
姉のアステルを大切にしたい気持ちは変わらない。
姉が使っていた姿を残したい気持ちも、なくなったわけではない。
それでも、自分の手で少しずつ変えていくことは、姉の大切なものを壊すこととは違うのかもしれない。
ケイは、アステルを作業台に戻した。
「……うん。ぼく、もっといろいろ試してみたい」
『うんうん!』
「もっと動きやすくして、もっと上手に戦えるようにして……。アステルを、ちゃんと守れるようになりたいんだ」
「じゃあ、これからも一緒に頑張ろうね!」
『うん!よろしくね!』
二人は顔を見合わせて笑った。
ケイはさっそく簡易版のGEAR LINKを起動し、トレーニングモードの準備を始める。
「……よし。練習しよう」
『えっ、こんな時間だよ!?もう始めるの?』
「だ、だって!せっかく改造したんだから、早く動かしてみたいじゃないか!」
『ふふっ。ケイ、楽しそう!』
「……そ、そんなことないよ!」
そう言いながらも、ケイの表情は明るかった。
初めてのバトルで感じた恐怖は、まだ消えていない。
それでも、アステルを守るために何ができるのか。自分にしかできない戦い方は、どんなものなのか。
その答えを探すことが、少しずつ楽しみになり始めていた。
「新しくカスタマイズしたアステルでバトルするのが楽しみだね、ケイ!!」
「うん!今度こそ、アステルを上手に動かせるようにならなくちゃ……!」
「今ならどんな相手が来てもどんと来い!だね!」
「うひゃあ!お、お姉様ぁ~!私、本当に勝てるのでしょうかぁ……!?」
「大丈夫よ、シキ。わたくしがついているから、落ち着いて戦いましょう」
「は、はいっ!お姉様と一緒なら、私だって……!」
イチ「ふふっ。その意気です」
「……きみたちは誰?」
次回、第3話「お姉様と一緒!VSギア・シスターズ」
「「心を合わせて、ギアリンク!」」




