第一話「ぼくの相棒!レイとアステル!」
お姉ちゃんは、ぼくの憧れだった。
GEAR LINK全国大会では優勝争いをするほど強くて、どんな相手にも臆することなく立ち向かっていく。
ぼくにとってお姉ちゃんは、世界で一番強くて、世界で一番カッコいい人だった。
『ケイも、いつか一緒に戦おうね』
あの日、お姉ちゃんはそう言って笑った。
ぼくは、うん、と答えた。
その約束が叶う日は、きっとすぐに来ると思っていた。
けれど───
「……朝か」
目を開けると、見慣れた天井があった。
カーテンの隙間から差し込む光。
机の上に積み重なったプラモデルの箱。
床に転がった工具。
昨日の夜に組み立てていた機体の腕が、なぜか枕元に落ちている。
いつもと変わらない朝だった。
ぼくは布団から手を伸ばし、机の引き出しを開けた。
中には、小さなロボット模型――ギアフレームが一体入っていた。
白と青を基調とした装甲には、ところどころ細かな傷がついている。
最新の機体と比べれば、性能だって見劣りするだろう。
それでも、ぼくにとっては何より大切なものだった。
お姉ちゃんが、最後まで使っていた機体。
「……おはよう、お姉ちゃん」
返事がないことなんて、わかっている。
それでもぼくは、毎朝こうして声をかけてしまう。
機体をそっと持ち上げ、傷の位置を確かめる。
左肩の装甲に細い擦り傷。腰のパーツには、塗装が剥がれた跡。
どれも、お姉ちゃんが実際に戦っていたときについたものだ。
この機体を、戦わせることはできない。
もし、壊してしまったら。
もし、お姉ちゃんが使っていたときにはなかった傷を、自分のせいで増やしてしまったら。
考えるだけで、胸の奥が苦しくなる。
ぼくはそっとギアフレームをケースに入れた。
今日は学校が終わったら、模型店に寄ろう。
新しいパーツが入荷しているはずだ。
そう考えると、少しだけ気持ちが軽くなった。
放課後。
駅前の模型店は、いつもどおり賑わっていた。
「いらっしゃいませー!」
自動ドアをくぐると、プラスチックと塗料の匂いがした。
壁一面の棚には、大小さまざまなギアフレームが並んでいる。
重装甲型、近接戦闘型、高速機動型。
武器や装甲の追加パーツも、種類ごとにきれいに整理されていた。
ぼくは、この店が好きだった。
新しいギアフレームを見るのも好きだし、パーツを眺めるのも好きだ。
この装甲とあの脚部を組み合わせたら、どんな機体になるだろう。
この武器を使うなら、どんな戦術が考えられるだろう。
そんなことを考えているだけで、時間が過ぎていく。
「あっ……!」
新作パーツの棚に、見慣れない商品が並んでいた。
軽量型の追加装甲。細かな溝が刻まれた青いパーツで、機動性を落とさずに防御力を補えるらしい。
「これ、アステルにも付けられるかな……」
思わず呟く。
アステル。
姉さんが使っていた機体の名前だ。
頭の中で組み合わせを考える。
肩の装甲を交換して、脚部のフレームを調整して、重量バランスは――。
「……いいなあ、これ」
値札を見た。
「……うっ」
今月のお小遣いでは、ちょっと厳しい。
ぼくは名残惜しく商品を棚に戻した。
「おや、ケイちゃん。今日も来てたのかい?」
カウンターの向こうから、店長が声をかけてきた。
「こんにちは。新しいパーツを見に来たんだ」
「そうかい。ケイちゃんは本当にギアフレームが好きだねえ」
「うん!だって、組み合わせを考えるだけでも楽しいし。ほら、この脚部とこっちの装甲なら、重心を少し後ろに寄せられるから……」
そこまで話して、ぼくは慌てて口を閉じた。
また始まってしまった。
好きなことになると、つい夢中になってしまう。
店長は楽しそうに笑った。
「ははは。ナギサちゃんも、よくそんな話をしていたよ」
お姉ちゃんの名前が出た。
ぼくは、少しだけ目を伏せた。
「……そうなんだ」
「あの子は改造の発想がすごかったからね。既製品の組み合わせだけじゃなくて、自分でパーツを加工したり、まったく違う機体の部品を流用したり」
「……うん。お姉ちゃん、そういうの得意だったから」
店長は棚に並んだ商品を見渡した。
「そういえば、今日は広場でGEAR LINKのカジュアルバトルイベントがあるらしいよ。ケイちゃんも出てみたらどうだい?」
「えっ?」
「好きな機体を使って、気軽に対戦できるそうだ。初心者でも大丈夫だって」
ぼくは曖昧に笑った。
「……ぼくは、いいよ」
「そうかい?」
「うん。ぼくは、こうしてパーツを見てるだけで楽しいから」
嘘ではなかった。
機体を組み立てるのは好きだ。
どんな改造をすれば強くなるのか、考えるのも好きだ。
でも、戦わせるのは怖い。
お姉ちゃんの機体を、自分の手で傷つけるかもしれないから。
店長はそれ以上、何も言わなかった。
「まあ、気が向いたら行ってみるといいよ」
「……うん。またね」
ぼくは店を出た。
鞄の中に入れたケースの感触を確かめながら、ぼくは小さく息を吐いた。
戦わなくてもいい。
好きなものを好きなまま、大切にしていればいい。
そう思っていた、このときまでは。
模型店を出て、駅前の広場を通りかかったときだった。
『本日開催!GEAR LINKカジュアルバトルイベント!初心者も大歓迎!』
大きな音声案内が響き、ぼくは思わず足を止めた。
広場には、円形のバトルステージがいくつも設置されていた。
ステージの中央には、実物のギアフレームを置くための台座がある。
その周囲には、仮想空間を投影する装置と、プレイヤーが機体を操作するための端末が並んでいた。
ステージの上では、二機のギアフレームが戦っている。
片方は赤い重装甲型。
もう片方は、細身の青い機体。
ステージは市街地をイメージしているようだった。
赤い機体が大きく腕を振りかぶる。
青い機体は攻撃を受け流し、相手の脇をすり抜けて背後へ回った。
『相手の右脚部に負荷を集中させることを推奨します』
「OK!」
青い機体が連続攻撃を繰り出す。
赤い機体が体勢を崩した。
『勝者、ブルーウィング!』
歓声が上がる。
ぼくは、夢中になって画面を見ていた。
ぼくだって、ああいう戦い方を考えるのは好きだ。
もし、アステルにあのパーツを付けたら。
もし、あの路地を利用できたら。
もし、ぼくにも相棒がいたら。
「……」
ぼくは鞄を抱きしめた。
ぼくには、姉さんの機体がある。
それだけで十分だ。
……本当に?
「そこの君!」
突然、声をかけられた。
振り向くと、イベントスタッフの女性が立っていた。
「よかったら、対戦していかない?今ならすぐに参加できるよ!」
「えっ、あ、いや……ぼくは」
「機体を持ってるんでしょ?そのケース、ギアフレーム用だよね」
ぼくは、ぎゅっと肩紐を握った。
「……これは、ちょっと」
「大切な機体?」
「……うん」
「そっか。なら、無理にとは言わないよ!」
女性はあっさり引き下がった。
「見てるだけでも楽しいからね!もし気が向いたら、いつでも声をかけて!」
「……ありがとうございます」
ぼくは頭を下げた。
そのまま帰ろうとした。
なのに、足が動かなかった。
ステージの上では、次の対戦が始まっている。
プレイヤーたちは笑っていた。勝って喜び、負けて悔しがり、試合が終われば相手の機体を褒め合っている。
楽しそうだった。
ぼくだって、本当は。
「……1回だけなら」
気がつくと、そう呟いていた。
誰に向けた言葉なのか、自分でもわからなかった。
お姉ちゃんに?
それとも、自分自身に?
ぼくはケースを出し、アステルを取り出した。
「……ごめんね、お姉ちゃん」
それから、受付へ向かった。
「参加希望の方はこちらへどうぞ!」
受付にいたスタッフが、ぼくに笑顔を向けた。
「来てくれたんだ!その様子だと、対戦は初めてかな?」
「うん。……あ、はい」
「機体を見せてもらえる?」
ぼくはケースからアステルを取り出した。
スタッフは、少し驚いたように目を丸くした。
「これは……アステル?」
「知ってるの?」
「もちろん。昔の大会映像で見たことがあるよ。今では珍しい機体だね」
ぼくは返事をしなかった。
姉さんの機体だと説明するのは、なんだか嫌だった。
「じゃあ、スキャンするね」
『機体のスキャンを開始します』
アステルを専用ステージに置く。
台座から光が走り、機体の輪郭をなぞっていく。
画面に機体の情報が次々と表示された。
『機体名:アステル』
『基本構成:登録完了』
『サポートAIを生成します』
ここまでは普通だった。
ところが。
『生成不可……登録されていないAIデータを検出しました』
「え?」
スタッフが首を傾げる。
「おかしいな。登録情報が見つからないのに、AIデータ自体は機体に存在してる……?」
通常、サポートAIはプレイヤー登録する時に初めて生み出され、設定するものだ。
機体の構成や戦闘データを学習し、プレイヤーの戦い方に合わせて調整していく。
AIそのものが機体に残されているなんて、普通ではない。
画面に次々と見慣れない表示が浮かんだ。
《LEGACY MEMORY:DETECTED》
《PERSONALITY DATA:LOCKED》
《RESTART NOW?》
「なに、これ……」
ぼくはステージに近づいた。
アステルの胸部が、淡い青色に光っている。
知らなかった。
お姉ちゃんの機体に、こんなデータが残っていたなんて。
「お客様、この機体はどちらで……」
スタッフが言いかけた、そのとき。
『……ん』
小さな声が聞こえた。
ぼくは顔を上げた。
「……え?」
『あれ……?ここ、どこ?』
ステージの上に、青白い光が集まっていく。
人の形を作った光は、やがて一人の少女の姿になった。
青く長い髪。穏やかな目元、少し困ったような笑顔。
ぼくは息をするのも忘れた。
知っている。
この顔を、ぼくは知っている。
何度も見た。
写真の中で。夢の中で。そして、もう二度と会えないはずの人の顔として。
「……お姉、ちゃん?」
少女はきょとんとした。
『え?』
それから、自分の姿を確かめるように両手を見た。
『あー……そっか。わたし、サポートAIなんだっけ』
彼女は顔を上げた。
『ねえ、きみがわたしのパートナー?』
ぼくは何も言えなかった。
声も、表情も、お姉ちゃんに似ていた。
けれど、完全に同じというわけではない。
姉さんなら、こんなとき、もう少し意地悪そうに笑ったかもしれない。
いや。
そもそも、どうしてぼくは、そんなことを考えているんだろう。
『……きみ? 聞こえてる?』
「あ……」
ぼくは慌てて目をそらした。
「ご、ごめん。ちょっとびっくりしただけ」
『そっか。びっくりさせちゃったんだね』
少女は申し訳なさそうに笑った。
『わたしはレイ。よろしくね!』
差し出された手は、ホログラムだから触れられない。
それでもぼくは、思わず手を伸ばしかけた。
──お姉ちゃん。
胸の奥で、その名前が何度も響いた。
でも、違う。
目の前にいるのはレイというサポートAIだ。
お姉ちゃんではない。
そう思おうとした。
そう思わなければ、きっと。
「ぼくはケイ……よろしくね、レイ」
ぼくは、なんとか声を絞り出した。
『うん! よろしくね、ケイ!』
レイは嬉しそうに笑った。
その笑顔を見ていると、胸が痛かった。
会いたかった。
もう一度、話したかった。
でも、目の前にいる存在をお姉ちゃんだと思ってしまうことが、怖かった。
ぼくはぎゅっと拳を握った。
お姉ちゃんの代わりなんかじゃない。
そう自分に言い聞かせた。
「登録は完了したみたいです!」
スタッフが手元の端末を確認しながら言った。
「原因はわかりませんが、AIが正常に起動した以上、体験会への参加は問題ないと思います! ただ、動作に異常があればすぐに中断してくださいね!」
「は、はい」
ぼくはアステルを見つめた。
今なら、まだやめられる。
AIの起動は予想外だった。登録のトラブルということにして、帰ってしまえばいい。
そうすれば、アステルは傷つかない。
姉さんの形見を、これ以上危険にさらさなくて済む。
『ねえ、ケイ』
「……なに?」
『もしかして、戦うのが怖い?』
心臓が跳ねた。
「……っ、別に!」
『あれ?違った?』
「……」
レイは、ぼくの顔をじっと見つめていた。
『ごめんね。なんだか、ずっと心配してるみたいだったから』
ぼくは言葉に詰まった。
どうしてわかるんだろう。
初めて会ったばかりなのに。
「……この機体は、大切なんだ」
『うん』
「だから、壊したくない」
言ってしまった。
口にした途端、胸の奥に押し込めていたものが、少しだけ形になった気がした。
レイは、しばらく黙っていた。
そして、穏やかに微笑んだ。
『そっか。じゃあ、無理に戦わなくてもいいんじゃないかな』
「……え?」
『ケイが嫌なら、やめてもいいと思うよ』
その言葉に、胸がぎゅっと締めつけられた。
お姉ちゃんも、そう言ってくれたかもしれない。
でも。
「……ううん」
ぼくは顔を上げた。
「やるよ。一回だけ」
『本当に?』
「うん。……怖いけど」
レイは少し驚いたあと、嬉しそうに笑った。
『わかった。じゃあ、一緒に考えよう!』
「……うん」
『あ、そうだ。ひとつだけ確認してもいい?』
「なに?」
『ケイは、ギアフレームの操作をしたことがある?』
「ないよ。対戦は初めてだから」
『そっか。じゃあ、最初はわたしが操作方法を説明するね。機体を動かすのはケイ自身だから、慌てずに入力してみて』
「……レイは、動かせないの?」
『わたしができるのは、情報の分析や作戦の提案だよ。機体を直接動かすことはできないの』
レイは自分の手を見つめた。
『でも、ケイが操作しやすいように、敵の動きや機体の状態を伝えることはできるよ。危ないときは知らせるし、作戦も一緒に考える!』
「……そっか」
結局、動かすのはぼく自身だ。
少しだけ、怖さが戻ってくる。
けれど。
『大丈夫。最初から上手にできなくてもいいんだよ』
レイが笑った。
『ケイが考えて、わたしが手伝う。それで一緒に頑張ろう?』
ぼくは、ゆっくりと頷いた。
「……うん。やってみる」
まだ怖い。
アステルが傷つくのも、負けるのも怖い。
それでも。
この子となら、ほんの少しだけ、前に進めるかもしれない。
「次の対戦カードを発表します!GEAR LINK初挑戦!天宮ケイさん!サポートAIはレイ!使用機体はアステル!」
名前を呼ばれ、ぼくはびくりと肩を震わせた。
観客の視線が集まる。
……やっぱり、帰ればよかったかもしれない。
そんなことを考えていると、向かい側のステージに一人の女の子が現れた。
「対するはビギナープレイヤー高橋ユウリ選手!サポートAIはアルト!使用機体はブレイカー!」
年齢はぼくと同じくらい。短い髪に自信ありげな笑顔。
その手には、赤い装甲をまとったロボット模型が握られていた。
「よろしくな!オレはユウリ。こっちはアルトとブレイカーだ!」
ユウリが機体をステージに置く。
赤い装甲の機体――ブレイカーはアステルより一回り大きい。両腕には分厚い装甲が取り付けられ、背中には大型ブースターが装備されている。
いかにも力押しが得意そうな機体だった。
「……よろしく」
「なんだ、緊張してんのか?」
「そ、それは初めてだから……」
「大丈夫だって!オレも最初は負けまくったしな!」
ユウリはからからと笑った。
「ま、今日は勝たせてもらうけど!」
「……うっ」
やっぱり、帰りたい。
そんなぼくの気持ちを知ってか知らずか、レイが声をかけてきた。
『ケイ、相手の機体を見てみよう』
「……うん」
『ブレイカーは重装甲型。装甲とパワーに優れているけど、急な方向転換は苦手みたいだね』
「じゃあ、動き回ればいいのかな?」
『うん。ただ、あのブースターはかなり強力だよ。直線的な動きなら、アステルより速いかもしれない』
「……そっか」
ぼくは相手の機体を見つめた。
性能差は大きい。
だけど、勝てないと決まったわけじゃない。
そう考えたところで、向かい側から声が聞こえてきた。
『ユウリ、聞いてますか?』
「ん?聞いてるって!」
『まだ作戦の確認が終わっていません。最初から突撃するのは避けてください』
「えーっ、いいじゃん!ブレイカーはパワーが自慢なんだからさ!」
『パワーが自慢なのと、考えなしに突撃していいのとは別の話です』
「わかったわかった!じゃあ、最初の一発だけ!」
『……ユウリ』
「はい、すみません。ちゃんと話を聞きます」
ユウリが背筋を伸ばした。
その様子に、ぼくは思わず笑いそうになった。
サポートAIに叱られている。
それも、かなり慣れた様子で。
『……ふふ』
隣でレイが笑った。
「……どうしたの?」
『ううん。いいコンビだなあと思って』
「え?」
『ちゃんと意見を言い合ってるでしょ? ああいうの、いいよね』
ぼくは、もう一度ユウリたちを見た。
ユウリはAIの話を聞きながら、機体の武器配置を確認している。
AIも、ユウリの性格を理解したうえで、無理のない作戦を考えているようだった。
ただ命令するだけでも、命令されるだけでもない。
二人で考えている。
ぼくとレイも、あんなふうになれるだろうか。
「……レイ」
『なあに?』
「ぼくたちも、作戦を考えよう」
レイは一瞬きょとんとして、それから笑った。
『うん!もちろん!』
ぼくは端末を握り直した。
画面には、機体の移動や攻撃に使う操作ボタンが表示されている。
『まずは基本操作を確認しよう。左のスティックで移動、右側のボタンで攻撃や回避ができるよ。詳しい操作は画面にも表示されているからね』
「う、うん」
『操作に慣れるまでは、わたしが敵の動きや危険な方向を伝えるね。でも、実際に動かすのはケイだから、無理せず自分のペースで操作してみて』
「……わかった」
ぼくは指先に力を込めた。
怖い気持ちは、まだ消えない。
それでも、ほんの少しだけ。
戦ってみたいと思った。
『ギアフレームセットアップ!バトルスタート!』
電子音が鳴り響いた。
視界が一瞬、白く染まる。
次の瞬間、ぼくたちは仮想空間にいた。
周囲には高層ビルの廃墟。道路にはひびが入り、ところどころに崩れた瓦礫が散らばっている。
目の前には、アステルの姿。
現実の模型と同じ白と青の機体が、まるで本当にそこに存在しているかのように立っていた。
「……すごい」
『ね!機体がこんなふうに見えるだなんて!』
レイも感心したように声を上げた。
「バトルはもう始まってるんだぜ?喰らえ!」
そのとき、ブレイカーが地面を蹴って距離を詰めてきた。
「うわっ!」
速い。
重装甲なのに、予想以上の速度だった。
『ケイ、次は正面から来るよ!右側に回避すれば、攻撃を避けられる可能性が高いよ!』
「み、右!?」
ぼくは慌ててスティックを倒した。
アステルが横へ跳ぶ。
ブレイカーの拳が、さっきまで立っていた場所を砕いた。
「な、なんとか……!」
『今の回避、よかったよ!』
レイの声に、少しだけ安心する。
でも、相手も簡単には隙を見せてくれなかった。
『ユウリ、次は左側へ追い込みましょう!』
「おう!」
ブレイカーが連続攻撃を仕掛けてくる。
アステルは何度も回避するが、少しずつ逃げ場がなくなっていった。
「うわっ、ちょっと待って!近い、近いって!」
『ケイ、落ち着いて! 相手の動きをよく見て!』
「見てるよ!」
『じゃあ、あのブースターを見て!』
レイの指示に、ぼくは相手の背中へ目を向けた。
攻撃のたびに、ブースターの噴射口が大きく開いている。
あれだけの出力を出しているなら、細かい方向転換は苦手なはずだ。
それに、ブレイカーの攻撃は強力だけど、動きが大きい。
なら。
「……レイ。ちょっと、試したいことがある」
『うん! 聞かせて!』
「この先の路地に誘い込むんだ。あそこなら、ブレイカーの大きな装甲が邪魔になるはず」
『なるほど! 地形を利用するんだね。周辺の情報を見る限り、あの路地はブレイカーには狭すぎる可能性があるよ』
「うん。でも、失敗したら……」
『そのときは、そのとき! わたしも周囲の状況を確認して、ケイに伝えるから』
レイは迷わなかった。
ぼくは息を吸った。
大丈夫。
ぼく一人で戦うわけじゃない。
「……行くよ、レイ!」
『了解!』
アステルが走り出した。
「逃げてばっかりじゃ勝てねえぞ!」
ブレイカーが迫ってくる。
ぼくはアステルを操作し、崩れたビルの間をすり抜けた。
右へ。左へ。
背後から、何度も拳が振り下ろされる。
「うわっ、あぶなっ!」
『ケイ、もう少し右! 左側の瓦礫に接触しそうだよ!』
「こっちで合ってるんだよね!?」
『合ってるよ!たぶん!』
「たぶん!?」
思わず声が裏返った。
いや、ここで言い争っても仕方がない。
ぼくは必死に操作を続けた。
やがて、目の前に狭い路地が現れる。
「今だ!」
アステルが路地へ飛び込んだ。
ブレイカーも勢いを落とさず追いかけてくる。
『ユウリ、待ってください!この先は道幅が狭すぎます!』
「大丈夫だって!追いつけばこっちのもんだ!」
『もう少し周囲を確認してから――』
「行け、ブレイカー!」
ブレイカーが路地に突入する。
その瞬間、大きな肩装甲が瓦礫に引っかかった。
『なっ!?』
ブレイカーの動きが止まる。
「レイ!」
『ブレイカーの姿勢が崩れてる! 背面のブースターも起動したよ!』
ブレイカーが抜け出そうと、背中のブースターを噴射した。
その瞬間。
「今だあっ!」
ぼくは端末を操作した。
アステルが地面を蹴った。
狙うのは、ブースターの噴射口そのものではない。
相手が姿勢を立て直そうとする、その瞬間。
ぼくはブレイカーの背後へ回り込み、刃を振るった。
アステルの刃が背面装甲をかすめる。
ブレイカーの巨体が大きく傾いた。
『うおおっ!?』
ブレイカーが瓦礫の山へ倒れ込む。
『ブレイカー、姿勢制御に失敗!』
「やった!」
思わず叫んだ。
初めて、相手の動きを自分の考えで止められた。
『まだだよ、ケイ!』
「えっ?」
ブレイカーが瓦礫を吹き飛ばしながら立ち上がる。
装甲は傷ついているが、まだ戦えるらしい。
「くっそー!やってくれるじゃねえか!」
ユウリが悔しそうに叫んだ。
『ユウリ、落ち着いてください。相手は機動力を生かした戦術に切り替えています。ここからは、こちらも攻撃を絞りましょう』
「……ああ、わかってる!」
ユウリは一度、深呼吸した。
「次は、オレたちの番だ!」
ブレイカーが再び動き出す。
今度は、さっきまでのような大振りの攻撃ではなかった。
アステルの動きを見ながら、少しずつ距離を詰めてくる。
ぼくは焦った。
もう、さっきの作戦は通用しない。
どうする?
どうすればいい?
『ケイ、ブレイカーの右腕の動きが少し鈍くなっているよ。さっきの攻撃の影響かもしれない』
「右腕……?」
『それと、相手はさっきより慎重に動いてる。次に攻撃してくる方向を予測して、回避する準備をしてね』
「わ、わかった!」
ブレイカーが拳を振り上げた。
『ケイ、左側に回避できれば、相手の攻撃を避けられる可能性が高いよ!』
ぼくは反射的に端末を動かした。
アステルが身をひねる。
ブレイカーの拳が、頭上をかすめた。
『今!右側へ回り込んで!』
「……っ!」
ぼくは操作端末を握りしめた。
アステルが地面を蹴る。
けれど、ブレイカーもこちらの動きを読んでいた。
進路を塞ぐように、巨体が動く。
「くっ……!」
このままでは、また追い詰められる。
でも、さっきと同じことを繰り返す必要はない。
ぼくは、ブレイカーの足元を見た。
右腕の動きが鈍いなら、体勢を立て直すのにも時間がかかるはずだ。
なら、狙うのは右腕そのものじゃない。
右腕をかばうように動いた、その隙だ。
「……レイ!」
『なあに?』
「次に攻撃してきたら、すぐには反撃しない! 相手が体勢を立て直す瞬間を教えて!」
『わかった!』
ブレイカーが再び拳を振り上げた。
ぼくはアステルを後退させる。
拳が地面に叩きつけられた。
『今だよ、ケイ!ブレイカーの重心が前に傾いてる!』
「ここだあっ!」
ぼくはスティックを倒した。
アステルが低い姿勢で踏み込み、ブレイカーの懐へ滑り込む。
ブレイカーが体勢を立て直そうとする。
でも、間に合わない。
ぼくは攻撃ボタンを押した。
青い軌跡が走る。
アステルの刃が、ブレイカーの装甲を貫いた。
『ブレイカー、戦闘不能!勝者、アステル!』
……え?
勝った?
ぼくたちが?
「…………」
『……ケイ?』
「……や、やった……?」
『うん! 勝ったんだよ!』
「やったああああっ!」
自分でも驚くくらい、大きな声が出た。
ぼくは端末を握りしめたまま、何度も飛び跳ねた。
『やったね、ケイ!最後の動き、ばっちりだった!』
「いやいや、レイが教えてくれたからだよ!」
『でも、路地に誘い込む作戦はケイが考えたんでしょ?』
「……うん」
『最後の攻撃も、ケイが自分で判断して操作したんだよ!』
レイは嬉しそうに笑った。
『だから、二人で勝ったんだね!』
二人で。
その言葉を聞いて、ぼくは少しだけ黙った。
お姉ちゃんと戦うことを、ずっと夢見ていた。
だけど、それはもう叶わない。
そう思っていた。
なのに今、ぼくは勝ったことを、こんなにも嬉しいと思っている。
「……そっか」
ぼくは小さく笑った。
「うん。……二人で勝ったんだね」
レイが嬉しそうに頷いた。
その笑顔が、またお姉ちゃんに重なった。
でも今度は、目をそらさなかった。
バトルが終わると、ぼくたちは元のステージへ戻ってきた。
アステルの模型は、台座の上に静かに立っている。
ぼくはすぐに駆け寄った。
「……よかった」
装甲を確かめる。
左肩も、腕も、脚部も、目立った新しい傷はない。
戦闘データには損傷の記録が残っているけれど、実物の機体は無事だった。
ぼくは、ほっと息を吐いた。
勝ったことよりも、まずそれが嬉しかった。
「……よかった。本当に」
『ケイ?』
「……なんでもない」
ぼくはアステルをケースにしまった。
そのとき、向かい側からユウリがやってきた。
「いやー、負けた負けた! まさかあんなところに誘い込まれるとはなあ!」
「……あ、うん。ありがとう」
「こっちこそ! いい勝負だったぜ!」
ユウリは笑いながら、端末に表示されたAIを見た。
「なあ、アルト。さっきの作戦、どうだった?」
『非常に合理的でした。』
「だろ? オレもそう思った!」
『しかし、貴方が序盤に私の助言を無視して突撃したことが、大きな敗因の一つです』
「うっ……そこは言わなくていいだろ!」
『次回は、作戦の確認を最後まで聞いてください』
「はいはい……」
ユウリは頭をかいた。
それから、ぼくに向き直る。
「なあ、ケイ。また対戦しようぜ! 次は負けねえからな!」
「……うん。ぼくも、またやりたい」
口にしてから、自分でも驚いた。
またやりたい。
さっきまで、あんなに怖かったのに。
もちろん、怖さがなくなったわけじゃない。
アステルが傷つくかもしれないと思うと、今でも胸が苦しくなる。
それでも、レイと一緒に考えて、作戦を立てて、自分の手で機体を動かして勝てたこと。
それは、ぼくがずっとギアフレームを眺めながら想像していたことよりも、ずっと楽しかった。
「じゃあな、ケイ!」
「うん。またね!」
ユウリたちが去っていく。
ぼくは、レイを見た。
「……ねえ、レイ」
『なあに?』
「今日は、ありがとう」
『えっ?どうしたの、急に?』
「……なんとなく」
レイは少しだけ照れたように笑った。
『どういたしまして!でも、わたしだけじゃ勝てなかったよ。』
「……そっか」
『うん! だから、次も一緒に頑張ろうね!』
次。
その言葉が、少しだけ嬉しかった。
ぼくらには、まだ明日がある。
レイと一緒に、また戦えるかもしれない。
ぼくはケースを抱え直し、会場を後にした。
夜。
自分の部屋に戻ったぼくは、机の上にアステルを置いた。
端末を利用してレイのホログラムも起動している。
『へえー! ケイって、こんなにパーツを持ってるんだ!』
「まあね。組み立てるのは好きだから」
『この装甲、アステルにも付けられるかな?』
「あっ、それ! ぼくも考えてたんだ!でも、取り付けるなら脚部のバランスも調整しないと……」
気がつけば、夢中になって話していた。
どのパーツを付けるか。どんな改造をすれば機動力が上がるか。次に戦うなら、どんな武器を試してみたいか。
レイも興味深そうに聞いてくれた。
『なるほどね!じゃあ、こういう組み合わせはどうかな?』
「それ、いいかも!」
『でも、この装甲だと重心が少し前に寄るかもしれないよ』
「そうなんだよね。だったら、脚部に軽量パーツを追加して……」
『あっ、それなら重量バランスがよくなりそう!』
楽しかった。
ただ、模型の話をしているだけなのに。
ぼくは、ふと手を止めた。
机には、お姉ちゃんの写真が置いてある。
写真の中のお姉ちゃんは、いつものように笑っていた。
「……お姉ちゃん。」
小さく呟く。
今日、ぼくは初めて、お姉ちゃんの機体で戦った。
怖かった。
負けるのも、傷つけるのも怖かった。
それでも、楽しかった。
そんなことを、お姉ちゃんに話したかった。
『ケイ?』
「……あ、ごめん。なんでもない」
ぼくは写真をそっと伏せた。
そして、レイに向き直る。
「……ねえ、レイ」
『なあに?』
「明日も、一緒にいてくれる?」
レイは一瞬、驚いた顔をした。
それから、笑顔を浮かべる。
『もちろん!わたし、ケイの相棒だからね!』
……相棒。
その言葉は、まだ少しだけくすぐったかった。
でも。
「……うん。よろしく、レイ」
ぼくは笑った。
お姉ちゃんの代わりを求めているだけなのかもしれない。
それでも今は、この子と一緒にいたいと思った。
それだけは、確かだった。
机の上のアステルから、小さな電子音が響いた。
《SYSTEM CHECK》
《MEMORY SYNCHRONIZATION:UNEXPECTED》
《PERSONALITY DATA:RESTRICTED》
画面に、いくつもの文字列が流れていく。
そして、一瞬だけ。
《NAGISA》
その名前が表示された。
『……ケイ』
誰かが、そう呟いた気がした。
けれど、部屋には誰もいない。
機体は再び沈黙し、ランプの光も消えた。
翌朝になれば、ぼくはきっと何も知らないまま目を覚ますだろう。
模型店に行って、新しいパーツを眺める。
帰ってきたら、レイと一緒にアステルの改造を考える。
そして、いつかまた対戦するんだ。
そんな日々が、これから始まる。
それがどんな未来につながっているのか。
このときのぼくは、まだ何も知らなかった。
ただひとつだけ。
昨日まで一人だったぼくには、今日から相棒がいる。
それだけは、間違いなかった。
次回予告
『ねえ、ケイ!アステルを改造してみようよ!』
「ええっ!?で、でも……」
『大丈夫!ちゃんと考えて、元に戻せるようにすればいいんだよ!』
「うーん……それなら、まずはこのパーツを試してみようかな」
『おおっ!ケイ、目が輝いてるよ!』
「だ、だって!このパーツとこっちを組み合わせたら、絶対にカッコよくなると思ってたんだ!」
『ふふっ。ケイって、好きなことになると夢中になるんだね!』
「……うるさいなあ!」
『次のバトルまでに、どんな改造をする?ケイ!』
「うーん……よし!ちょっと試してみたいことがあるんだ!」
次回、共闘心機ギアリンクバトラーズ第2話「はじめての改造!アステル改造計画!」
「「次回も、心を合わせてギアリンク!」」




