前庭の肉弾戦
溶け落ちた絶対防壁の先――そこに広がっていたのは、クエーサーの居室直前に位置する巨大な円形庭園であった。
かつては壮麗であったろう人工の植生はすべて黒く枯れ果て、天頂の強化ガラスからは、外界の黒い油雨が絶え間なく降り注いでいる。冷たく湿った空気が充満する広間に、三人の荒い息遣いが響いた。
「ハッ……ハッ……! ここを越えれば……奴の居室の扉よ……!」
ほずみがバイザーの表示を切り替え、奥に見える重厚な装甲扉を指さす。
だが、その扉へ足を踏み出すことは許されなかった。
ガシャコンッ! ガシャッ!
前後左右の暗がりから、無数の機械駆動音が鳴り響いた。
暗闇から現れたのは、これまでのクローン兵とは一線を画す異形群――クエーサー直属の『精鋭重装甲クローン兵』であった。
全身を重厚な複合装甲で包み、腕部は巨大な生体粉砕ブレードと化している。さらには、前庭を取り囲むように全方位からクローン兵が現れ、完全な二重包囲網を敷いていた。
「囲まれた……! 挟み撃ちだ!」
くつくが『Type-9 サバイバー』を構える。
直後、精鋭クローン群が一斉に襲いかかってきた。人間の反応速度を超えた突撃。重装甲が空気を切り裂く風切り音が前庭に吹き荒れる。
「うるせぇんだよぉッ!!」
地鳴りのような咆哮とともに、うりわりが前線へ踊り出た。
ガガガガガガガガガッ!
ガトリングが狂暴な火花を吹き散らす。
重金属弾の連射が最前線のクローン兵の膝を砕き、勢いを殺す。間髪入れず、うりわりはパワードスーツの質量を乗せたショルダータックルで敵の群れへ突進。肉と装甲が激突する生々しい破壊音が響き、クローン兵二体が砕け飛んだ。
「くつく! ほずみ! 俺の後ろから離れるな!」
うりわりは巨体を壁とし、二人を背後に庇いながらガトリングを薙ぎ払う。
襲いかかる生体ブレードをパワードスーツの腕甲で強引に弾き返し、至近距離から機関砲を叩き込む。豪快で不屈の戦闘スタイル。彼がそこにいるだけで、絶望的な前庭が絶対の防衛陣地へと化していた。
しかし――死闘は、容赦なく彼の限界を削り取っていく。
カチ、カチカチッ。
空虚な打撃音が響いた。
うりわりの全身に巻きつけられていた帯状の弾薬ベルトが、ついに最後の一端を機関砲へと送り込み、完全に底をついたのだ。
「ちくしょうが……! 弾切れかよ!」
ガトリングの砲身が虚しく空回りする。
それを見逃すクローン兵たちではない。弾幕が途切れた瞬間、四方から生体ブレードを構えた精鋭共が、うりわりのパワードスーツへと一斉に喰らいついた。
ザシュッ! ガギィィンッ!
生体ブレードがパワードスーツの関節隙間を貫き、うりわりの肩と腹部から太い血の噴水が舞う。
「うりわりさんッ!」
ほずみが医療ナイフを手に飛び出そうとするが、うりわりは血煙を吹き上げながら、ほずみの差し伸ばした腕を強引に振り払って制した。
「来るなヒヨッコ! 傷の手当てなんざ、後回しだ!」
うりわりは迫るクローン兵の喉元を力任せに掴み上げ、壁へと叩きつけた。
だが、弾薬を失い、装甲を破壊されたパワードスーツは急速にその駆動力を失っていく。周囲を覆い尽くす精鋭クローンの数は、なおも三十を超えていた。
うりわりは溢れ出る血をペッと床に吐き捨て、不敵に笑った。
その太い手が、己の胸元――そこに収められた全装甲破壊用『指向性爆弾パック』の起爆スイッチへと伸びていた。
「うりわりさん、ダメです! それを使ったら――」
ほずみの悲痛な叫びを、うりわりは豪快な笑い声で突っぱねた。
「ガハハハッ! なーに、元からこのパワードスーツは俺の棺桶だ! ちょっと火薬の量が多すぎるってだけよ!」
うりわりはパワードスーツのロックを強引に解除すると、胸のラッチを開いた。
露出したのは、彼の胸甲いっぱいに敷き詰められた高密度指向性爆弾パック。さらに残されていた予備のガトリング高圧弾倉を、己の巨体と爆弾パックの隙間へ強引に押し込み、太い腕で抱え込んだ。
自らの肉体を爆心核とした、超高火力人間爆弾。
「うりわり……お前……っ!」
くつくが前へ踏み出そうとする。瞳孔が限界を超えて収縮し、激しい血走りが白目を染めた。
だが、うりわりは血まみれの顔で振り返り、太い腕を横に振って二人を後方へ跳ね飛ばした。
「止まるんじゃねえぞ、くつく! ほずみ! 後輩二人に手出しはさせねえ! 俺の命で……この前庭を切り割ってやるよッ!!」
「うりわりさぁぁぁぁんっ!!」
うりわりは背中の緊急ブースターを全開にし、群がり寄る数十頭の精鋭重装甲クローン兵の渦中――前庭の中央へと一直線に突撃した。
「お前らバケモノども! 俺の火薬量を、腹いっぱい味わっていけぇぇぇぇッ!!」
うりわりの手が、胸の起爆スイッチを極限まで押し込む。
――ズ、ドォォォォォォォンッ!!!
大爆発。
指向性爆弾と全弾倉が一斉に連鎖爆縮を起こし、前庭の空間そのものが歪んだ。
凄まじい熱波と衝撃波が前庭を吹き荒れ、天頂のガラスが粉々に砕け散る。
激しく叩きつける黒い油雨を、爆炎の余熱が一瞬で蒸発させていく。
迫っていた精鋭クローン兵たちは、その超高圧の爆風と金属片の嵐を全身に浴び、一頭残らず粉砕され、肉片と灰となって消滅した。
……やがて、静寂が戻る。
前庭の中央には、巨大なクレーターが穿たれていた。
敵の防衛網は完全に消滅し、奥に見えるクエーサーの居室の扉まで、一本の真っ直ぐな道が開かれている。
そして――その爆心地に残されていたのは、半ば溶け落ち、焦げついたパワードスーツの破片だけだった。
うりわりの肉体は、敵群を巻き込んで跡形もなく消え去っていた。
「うりわりさん……うりわりさん……っ!」
ほずみは崩れ落ち、血と硝煙に汚れたコンクリートの床に膝をついた。
叫びたいほどの涙を、唇を噛み切ることで必死に耐えている。
くつくは黙ってクレーターの縁へ歩み寄り、焦げた装甲の破片の隣に落ちていた、うりわりの歪んだドッグタグを拾い上げた。
一月一日、四月一日、そして六月一日。
小隊を支えてきた頼もしい背中が、また一人、命を燃やし尽くして消えた。
残されたのは――九月一日と、八月一日の二人だけ。
「……立つんだ、ほずみ」
くつくは静かにドッグタグをポケットに収めると、サバイバーの銃口を居室の扉へと向けた。
その背中は、どれほど泥にまみれ、傷つこうとも倒れない、凄惨なまでの執念に満ちていた。
「扉の向こうに……奴がいる」




