軌道の歪み
「ゴゴゴゴゴゴ……ッ!!」
二度の撃破を経てなお倒れたタイタンの巨体を中心に、周囲の空間そのものが不気味にぐにゃりと歪み始めた。
細胞の生存本能が狂乱を起こしているのか、もはや生物の形態すら保とうとしていない。
体表を覆っていた肉芽や生体甲殻がドロドロとした黒い粘液となって削げ落ちる傍らで、その内部にある中心核が超高密度へと一気に収縮していく。
周囲の質量を一点へと集束させ、擬似的な「重力崩壊」を引き起こしたのだ。
強烈な引力が渦を巻き、周囲の岩塊や破砕された瓦礫、さらには大気中のチリや雨水に至るまでを暴風となって飲み込み始めた。
「な……んだと……!? 奴の周囲の空間と重力が引き裂かれている……!?」
マーズの機体が地面を削りながら激しい引き寄せ作用を受け、ズズズと黒い開口部へ向かって滑っていく。
「全員、アンカーを打ち込め! 吸い込まれるぞ!!」
アースが叫び、重装甲脚部から極太のアンカーを粉砕された岩盤へ深く叩き刺すことで、どうにか身体を繋ぎ止めようと耐え忍ぶ。後方に位置するジュピター、そしてはるか遠方の射撃ポイントに身を潜めるルナも、機体のアンカーを地表へ必死に打ち込んで固定した。
その時――過熱した通信機から、耳を刺すようなノイズとともに狂ったような雑音が弾け飛んだ。
「――ッ! こちら……特殊戦術班『ギャンビット』……!」
混信。タイタンが発生させた超高力場の重力波によって空間の電波が不規則に屈折し、遠く離れた他戦域の緊急回線が直接飛び込んできたのだ。
「ビショップ……ナイト……見てた……? 私は……最後まで……倒れなかったよ……」
大気を震わせてノイズの向こうから響いたのは、途切れ途切れで重い吐血の音を伴う、兵士の悲壮な声だった。
「……みんな……ちょっと……休むね……」
プツン、と非情な静寂とともに通信が途絶える。
「……相打ちか」
ジュピターが血の混じった唾を吐き捨て、苦々しい顔で低く呟いた。
全戦域で同時に巻き起こっている、言葉にできない地獄。自分たちと同じように命を燃やして戦っていた仲間たちが一人、また一人と倒れ、世界から人類の灯火が消えかけているのだ。
「……どの部隊も死闘を繰り広げている……! だが……俺たちの軌道は曲げられない!」
アースが奥歯を噛み締め、血の滲む手で両の操縦桿を力任せに握り直した。
「ルナ! 絶対に生き残るぞ! 全員で、生きてここから帰るんだ!」
「……うん、アース……! 私たちの軌道は……絶対に離れない……!」
しかし、二人の誓いを踏みにじるように、タイタンの引き起こした重力崩壊波が臨界点を突如突破した。
周囲の物質を吸い寄せるだけだった異常な重力が一転、爆発的な斥力へと反転。破滅的な「超重力パルス」の波動となって、全方位へ向けて一気に叩きつけられた。触れた空間そのものを平然と押し潰し、微粒子へと破砕する死の衝撃波。
「くっ……アース、ルナ! 逃げ――」
アースのバリアすら容易く押し潰すほどの不可視の圧力が、一直線上に並ぶアースとルナへ牙を剥く。
「させる……わけに、いかないでしょうがぁぁぁッ!!」
ジュピターの叫びが響いた。
彼女の駆る中衛機体が、スラスターを逆噴射させてアースたちの前面へ割り込む。背部大型重力ユニットのセーフティを全解除し、迫り来る敵の超重力波に対し「正反対の位相を持つ最大重力場」を至近距離で直接叩きつけた。
ズガガガガガガガガアンッ!!!
相反する二つの強大な重力場が正面衝突し、空間が物理的に白く激しく弾け飛んだ。タイタンの放った絶望的な圧力が、一瞬だけ完全に相殺される。
「ジュピター姉さん!?」
アースの叫び。しかし、引き裂かれるような重力干渉の波は、至近距離で相殺を試みたジュピターの機体を容赦なく襲っていた。装甲が耐えかねて凄惨な悲鳴を上げ、内部のフレームがグニャりと歪み、巨大なミキサーにかけられたように破砕されていく。
「ふふ……青くさいカップルを庇って死ぬなんて……私らしくもない……」
重力圧によって内臓を潰され、ジュピターの口から大量の鮮血が溢れ出る。だが、血に濡れた彼女の瞳はどこまでも優しく、アースとルナを見つめていた。
「アース……ルナを頼んだわよ。……私たちの太陽系を……終わらせないで……」
バリィィィィンッ……!!
ジュピターの機体が重力圧の限度を超え、完全に押し潰されて破砕した。
「ジュピターぁぁぁぁぁッ!!」
アースの絶叫が冷たい焦土に虚しく響き渡る。
ネプチューンに続く、二人目の犠牲。
残光が、刻一刻と消え失せようとしていた。




