星霜の耐性
「ズズズズズ……ッ! ギギガガガガガッ!!」
倒れたタイタンの巨体が異様な高熱を放ち、ひび割れた体表の傷口からドロドロとした溶岩のごとき高密度生体細胞が溢れ出した。
破壊されたはずの脳と心臓が瞬時に再構築されるどころか、体表全体が「重力中和装甲」と呼ばれる漆黒の超高密度甲殻へとグニャリと変貌していく。
「な……ッ!? 質量が……さっきの倍以上に増えてやがる!」
マーズが機体のスラスターを逆噴射させ、後退しながら戦慄の声を上げた。
「注意してください! 敵は先ほどの攻撃パターンを完全に学習……「潮汐波」による分子歪みを相殺・中和する局所重力場を体表全域に展開しています!」
ノイズの混じる通信機越しに、ネプチューンの声が響く。だが、いつもの冷徹な声からはすでに余裕が削ぎ落とされていた。
地表を激しく揺らしながら再び立ち上がったタイタンは、周囲の瓦礫や巨大な岩塊、さらには大気中のチリに至るまであらゆる物質を無差別に引き寄せ始めた。先ほどルナの【潮汐貫通弾】が穿った胸部の巨大な傷口は完全に塞がり、逆にその表面には重力波をあらゆる角度から無効化する高密度の「重力中和膜」が幾重にも張り巡らされている。
「潮汐同調……効果が急速に薄れています! レールガンの干渉波が……外核の重力膜でことごとく弾かれる……!」
ルナの焦りを含んだ切迫した声が通信を揺らす。先ほどまでの完璧な貫通シークエンスが、一切通用しない。敵は「一度喰らった死因」に対して完全な抗体を獲得していた。
「ガアアアアアアッ!!」
タイタンが天を突く咆哮とともに、山塊のような巨大な足を踏み下ろした。
ドォンッ!と空間そのものを押し潰す凄まじい「高重力プレス」が発生し、すでに焦土と化していた山岳地帯全体がさらに数十メートル深く陥没する。目に見えるほどの重力波の余波が津波となって押し寄せ、後方の電子戦エリアを守るネプチューンの機体へとダイレクトに襲いかかった。
「くっ……電子系に局所重力負荷干渉……! 演算回路が……次々と破壊される……!」
「ネプチューン!?」
ジュピターが叫ぶが、タイタンの巨大な右手が重力障壁を力任せに押し破り、そのままネプチューンの電子戦機を目がけて振り下ろされる。空間そのものが歪んだこの超重力下では、機動性に欠ける電子戦機の推力では回避など絶対に不可能だった。
逃げられない。死が、一秒後に迫っている。
しかし、モニターに死の警告(ERROR)が赤く点滅する中、ネプチューンは穏やかに目を閉じた。
「……ハッ、本当に……最後まで生意気でムカつくバカップルですね……」
通信回線から、激しいノイズに混じって、どこか吹っ切れたような彼女の呟きが聞こえた。
「アース、ルナ。……私の回路が焼き切れる前に、あのバケモノの足元を「完全に凍らせて」あげます。ですから……絶対に勝ちなさい。信じてますよ……!」
「やめろ、ネプチューン! 逃げろ!! 逃げるんだ!!」
アースが制止の悲痛な叫びを上げるが、ネプチューンは躊躇なく機体の安全装置をすべてパージ。背部に搭載された大型フリーズ炉の極低温冷却液を全量、機体周辺のパイプへ直接逆流させた。
「超低温冷却炉――臨界突破。ハッキングプログラム、最大過負荷展開!!」
ズゴォォォォォォンッ!!!
絶大な極寒の冷気が、衝撃波となって炸裂した。
ネプチューンの機体を中心に、半径数百メートルの空間が瞬時に絶対零度近くまで一気に氷結。タイタンの巨大な右足と関節部を覆う重力中和装甲が、一瞬にして白い氷の結晶と霜に覆われ、その重厚な動きが物理的に完全に停止する。どれほど重力を自在に操ろうとも、分子の運動そのものを停止させる絶対零度の前には抗えない。
そして――タイタンの振り下ろした巨大な手が、氷の炉心ごと、ネプチューンの機体を非情にも踏み潰した。
バリィィィィンッ……!!
「――さようなら」
透明なガラスが割れるような美しい音とともに、通信が永遠のノイズへと変わる。
「ネプチューン!!」
マーズの血を吐くような咆哮が響き渡る。だが、彼女が命を引き換えにして作ってくれた一瞬の「極冷凍結」は、タイタンの誇る絶対不可侵の重力中和膜に、無数の亀裂を入れていた。
「アース、泣いている暇はない! ネプチューンが命懸けで作った隙を絶対に無駄にするな!」
ジュピターが血の涙を流しながら重力場を無理やり展開し、氷結して脆くなった部位のバリアを力任せに引きはがす。
「ルナ!! ネプチューンの凍らせた箇所だ! 叩き込めぇぇぇっ!!」
「あぁぁぁぁぁっ!!」
アースの魂を絞り出すような絶叫に合わせ、ルナが涙を振り払って狙撃トリガーを力任せに引いた。
アースの機体が発生させる強大な重力場と同調した光の貫通弾が、氷結して白く脆くなったタイタンの膝から胸部へと一直線に駆け抜け、凍りついた重力核を内部から容赦なく粉砕した。
ドォォォォォンッ!!
二回目の完全撃破。
巨獣が激しい爆発と悲鳴とともに大地へ倒れ込む中、アースたちは冷たい氷の破片となって風に舞う仲間の機体の残骸を、ただ溢れる涙とともに見つめることしかできなかった。




