超重力の巨神
「うわっとっと……また重力が跳ね上がったぞ! 空間が歪んで景色がぐにゃぐにゃだ!」
焦土と化した山岳戦域。強襲用二脚機を駆る火星の名を冠した男――マーズが、高熱ドリルブレードを回転させながら大声で叫んだ。
その視線の先では、かつて標高数千メートルを誇っていた連峰が、まるで粘土のように押し潰されていた。大地がひび割れ、巨大な岩塊や建造物の残骸が重力の狂いによって空中へふわふわと浮き上がり、次の瞬間に激しい衝撃音とともに地表へ叩きつけられて粉砕される。
その「歪み」の中心に、奴はいた。
山塊と見紛うばかりの巨体。全身を超高密度の異常細胞と重力甲殻で覆った異形――『タイタン』。
ただそこに存在するだけで周囲の質量を歪め、歩みを進めるごとに巨大なクレーターを作り出す、文字通りの暴君。
「ネプチューン、重力波の波長データは拾えているか!?」
後方で超大型重力場発生装置を背負う重装兵――ジュピターが、落ち着いた声で問いかける。
「無茶を言わないでください、ジュピター姉さん。計測機器のインジケーターが全部狂って……ハッ、バグりそうになりました。敵周囲の局所重力は平地の四十倍以上。まともな物理法則が死んでいます」
通信機から返ってきたのは、毒舌な電子戦担当――ネプチューンだ。彼女の駆る電子戦機から放たれる青白いハッキング・ウェーブが、タイタンの周囲を覆う高重力バリアの表面を不規則なノイズで震わせる。
「アース、ルナ。通信帯域に余計なノイズを混ぜないでくださいね。「大丈夫かルナ」「アースがいれば怖くないわ」なんて甘ったるいやり取りを聞かされたら、私の処理能力が熱暴走して爆発します」
「おいネプチューン、俺たちはまだ何も喋ってないぞ!?」
独立遊撃隊『グラビトン』の隊長――アースが、重装甲バリア機の操縦桿を握り締めながら苦笑いを漏らした。
だが、その目は一切笑っていなかった。
彼の駆る機体『アース・シールド』は、小隊の絶対的な前衛。タイタンが発する強烈な圧力を、背部の重力制御ユニットとタワーシールドで正面から一身に受け止めている。ズズズ……と脚部フレームが軋み、肉体が重力波によって圧迫される。
「全員、軽口はそこまでだ。……敵が来るぞ!」
『タイタン』が、咆哮すら放たず、ただその巨大な右腕を振り下ろした。
空気が爆縮し、不可視の重力波の塊が津波となって押し寄せる。
「させるかぁっ! 重力場全展開!!」
アースがシールドを地面に突き立て、巨大な蒼いバリアを展開した。
ガアアアアンッ!!!
目に見えるほどの空間の歪みがバリアと激突し、凄まじい衝撃波が山肌を削り取った。アースの機体の油圧システムから真っ赤な警告が吹き出し、コクピットの中で彼自身の口から血の味が広がる。
「くっ……重圧が……半端じゃない……!」
「アース……っ!」
通信機から届いたのは、後方数キロの狙撃ポイントに潜むヒロイン――ルナの切迫した声だった。
彼女の駆る長距離レールガン機『ルナ・ピアサー』は、アースが発生させる重力場の「裏側」に完全に入り込むことで、初めてタイタンの重力干渉を受けずに精密狙撃体勢に入ることができる。
「今、そっちへ行く……! 私のレールガンで敵の重力核を――」
「駄目だ、動くなルナ! お前は俺の背中にいろ!」
アースは血を吐き出しながら、強い口調で制した。
「お前が俺の重力圏から出たら、その細い機体は一瞬でペシャンコになる! 俺が……絶対にこの空間を守り抜く。だからお前は、俺の背中だけを見てろ!」
「アース……。うん……信じてる。私を……守って」
アースの機体から放射される強大な重力場と、ルナの機体から発せられる狙撃用エネルギーが、目に見えない糸で結ばれるように同期を始める。潮汐ロック――地球と月が互いを引き合い、常に同じ面を向け合うように、二人の精神と機体データが共鳴していく。
「へっ、出たよバカップルの領域展開!」
マーズが苦笑しながら高熱ドリルブレードを構えた。
「ジュピター、ネプチューン! 二人がイチャつきながらあのバケモノの喉元をぶち抜くための道を、俺たちで作るぞ!」
「ええ、分かっています。重力場の歪み、外側へ引っぱり返します!」
「ハッキングプログラム送信。敵防壁の修復ルーチンを一時凍結させます。……さっさと終わらせてデートにでも行ってください」
『グラビトン』の五人が、山をも潰す超重力の巨神『タイタン』に対し、完璧な陣形を組み上げる。
重力と情愛が交錯する、死闘の幕が上がった。




