狂乱の擬態
「ギョギョギョギョギョガガガガガッ―――!!」
焦土と化した街に、もはや生物の域を超えた異形の不快な咆哮が空気を切り裂いて轟いた。
三度の死を経たカメレオンの肉体からは、かつて人間に化けていた偽りの肌や、兵士を模した言葉などの痕跡が完全に消失していた。
擬態という概念そのものが限界を迎えて崩壊し、異常増殖を起こした漆黒の細胞が、全身から無数の光学結晶針と幾重もの生体ブレードを突き出させている。周囲の打ち捨てられた建造物や崩落した鉄骨、さらには雨水や血煙すら体内に取り込みながら肥大化していくその姿は、周囲に存在するすべての生命を無差別に殺戮するためだけに再構築された「惨劇の最終形態」そのものだった。
空気の屈折率が異常に高まり、空間そのものがグニャリと歪む。
目視不能の切断波と、超高密度の結晶針が全方位に向けて乱射された。
ドガガガガガッ! ズバババババンッ!!
触れたアスファルトが巨大なミキサーにかけられたように粉砕され、周囲の雑居ビルが豆腐のように細かく切り刻まれて崩れ落ちていく。
「……ッ!」
クイーンは極限の反応速度で地を蹴り、ギリギリの回避行動をとる。だが、避けきれなかった無数の切断波の衝撃が機体をかすめ、強化装甲を深く引き裂いた。鮮血が焦土の雨の中に舞い、焼きつくような激痛が脳髄を揺らす。
一人。
この息もできない惨絶な死線に、立っているのは自分だけだった。
豪快な笑い声で前線を押し通してくれたナイトの巨躯も、背後から冷徹に照準を合わせ続けてくれたビショップの頼もしい射撃も、もうどこにも存在しない。
あるのは、冷たい雨と泥に濡れる二人の遺体と、絶え間なく殺意を膨張させ続ける化け物だけだ。
「はぁ……はぁ……っ……!」
膝がガクガクと小さく震える。
大量の出血により、視界は明暗を交互に繰り返し、途絶えることのない耳鳴りが脳を強く苛んでいた。背部スラスターからはオーバーヒートを告げるけたたましい警告音が鳴り響き、コックピット内のインジケーターが血のような赤色で点滅し続けている。
暗く重い恐怖と絶望が、冷たい雨水のように心を満たそうとしていた。
「自分一人が倒れなければチームは負けない」——ずっとそうやって肩に重圧を背負い、強がって最前線を走り続けてきた。だが、守るべき仲間はもう誰もいない。自分が立っている意味すら、暗闇の中に消えてしまいそうだった。
(私は……一人で、何のために……)
心が折れ、膝をつきかけたその一瞬、血に染まった視界の隅に落ちている「二つの影」が映り込んだ。
ナイトの砕岩斧から砕けてこぼれ落ちた、高出力の近接用高周波ブレード。
ビショップの『アーク・ビショップ』から衝撃で折れ飛んだ、高精度長距離照準スコープ。
二人は最期まで己の命を惜しまず、自らを「捨て駒」としながら、最強の『クイーン』である自分に未来と勝利を繋いだのだ。
「……あなたは……小隊の絶対的エース……最後まで……倒れては……ならない……」
耳奥で、ビショップが息絶える直前に遺した言葉が蘇る。
「頼んだぞ……俺たちの……女王……」
胸を貫かれながらも、誇らしげに笑っていたナイトの笑顔が脳裏を駆け巡る。
「……そうだったな」
クイーンは泥まみれの手で、ナイトの高周波ブレードを拾い上げ、左手のサブマシンガンへ力任せに結合させた。そしてビショップのスコープを、自身のバイザーの照準システムへと直結する。
二人の意志が、二人の遺品が、己の機体とひとつに溶け合っていく。
クイーンは震える脚に力を込め、ゆっくりと、だが二度と揺らぐことのない足取りで立ち上がった。
血みどろの顔を上げ、全方位へ殺意を撒き散らす絶対的な怪物を見据える。
「私はクイーン……! 特殊戦術班『ギャンビット』の絶対的エースだ!!」
彼女は両拳で自らの顔を叩き、激痛によって遠のく意識を強引に覚醒させた。
溢れる涙を血とともに拭い去り、サブマシンガンのグリップを力強く握り直す。
「負けるわけにはいかない……! 仲間が命を賭して繋いでくれたこの一手……絶対に、無駄にはしない!!」
限界を遥かに突破した背部スラスターが、蒼い爆炎を夜空に高く吹き上げた。
たった一人となったクイーンは、二人の遺志をその身に宿し、無差別殺戮形態と化したカメレオンの死域へと迷いなく突き進んだ。




