捨て駒の王手
「フフフ……ハハハハッ! 探せ、迷え、愚かな人間ども!!」
全方位から響き渡るカメレオンの嘲笑。無数の光学残像が空間を埋め尽くし、不可視の生体ブレードが嵐のように暴れ回る。
ガキンッ! チィンッ!
クイーンの二丁のサブマシンガンが激しい火花を散らす。全方位からの奇襲を圧倒的な反応速度で捌くが、肉眼でもセンサーでも捕らえられない攻撃に、彼女の強化装甲は刻一刻と削られ、赤い鮮血が舞った。
「くっ……! 本体はどこだ……どこから狙っている!?」
「見えませんね……光学迷彩だけでなく、屈折率を極限まで高めて空間そのものに溶け込んでいる」
ビショップの冷徹な声にも、わずかな焦燥が滲む。
このままではじり貧だ。クイーンの機動力をもってしても、見えない死角からの無差別攻撃を捌き続けることは不可能。
その時、ビショップの視界の中で、カメレオンの狙撃・奇襲の「法則」が一つに結びついた。
(……なるほど。どれほど姿を消そうとも、攻撃の瞬間だけは質量が実体化する。そして、奴が狙っているのは小隊の最大火力である『クイーン』……)
ビショップは眼鏡の奥の瞳をすっと細めた。
「隊長。チェスにおいて……『ポーン』の役割とは何だと思いますか?」
「何……!? 急に何を言い出す、ビショップ!」
「ポーンは歩兵。前線で傷つき、真っ先に捨てられる駒……ですが、最強の『クイーン』を守り、盤面を詰むための最上の捨て手となり得る」
「よせ……ビショップ、やめろ!!」
クイーンが叫んだ時には、すでに遅かった。
ビショップは背後の遮蔽物から完全に身を乗り出し、長大なスナイパーライフルを捨て、無防備な胸を嵐の戦場の中へと晒した。
「ここですよ、化け物。我が部隊の狙撃手の首だ……獲ってみせなさい!」
挑発。絶対的な「隙」の提示。
姿を隠していたカメレオンの欲望が跳ね上がった。クイーンの死角を突くよりも先に、自らを晒した無防備な参謀を屠らんと、不可視の空間から巨大な生体鎌が一直線にビショップの胸へと伸びる。
グサァッ……!!!
「カハッ……!!」
鋭利な生体鎌が、ビショップの胸腔を容赦なく貫通した。鮮血が空中に散り、ビショップの身体が宙に浮き上がる。
「ハハハッ! 愚か者が! 自ら餌になりに来るとはな!!」
不可視の空間から、勝利を確信したカメレオンの巨体が不気味に浮かび上がった。刺し貫いた瞬間――質量が固定され、位置が完全に露出する。
ビショップは口から大量の血を吐きながら、冷たく、残酷なまでに美しく微笑んだ。
「……捕まえましたよ」
「な……なに……!?」
ビショップは震える右手で、腰に刺していた特殊マーカー弾を抜き取り、自らを貫くカメレオンの生体鎌の根本――その顔面へ向けて、至近距離から直接叩きつけた。
パンッ!!
弾けたマーカー弾から、粘着性の特殊蛍光液がカメレオンの全身へ飛散する。絶対過敏擬態の細胞が、蛍光液体によってドロドロに汚染され、その輪郭が完璧に白日の下に晒された。
「これが……我が部隊の名……『ギャンビット(戦術的犠牲)』です……! チェック……メイトだ……!」
「ビショップ―――ッ!!!!」
クイーンの叫びが焦土を切り裂いた。
涙と怒りで視界が赤く染まる。背部スラスターが過負荷の警報音を鳴らしながら、絶大な蒼炎を吹き荒らさせた。
「よくも……よくも二人を……!!」
閃光と化したクイーンの影が、位置を暴露されたカメレオンの懐へ飛び込む。
二丁の汎用高出力サブマシンガン。その全エネルギーを瞬時解放するオーバーロード射撃。
ドバババババババババババンッ!!!
「グガアアアアアアッ!?」
カメレオンの胸部と頭部が、至近距離からの高エネルギーの波に呑み込まれ、内部から内臓ごと爆破され、粉々に砕け散った。
三回目の撃破。
肉体が激しく破裂し、カメレオンは凄惨な悲鳴を上げながら瓦礫の山へと吹き飛んだ。
「……見事です……隊長……」
刺し貫かれていた鎌が崩れ去り、ビショップの身体が力なくアスファルトへ倒れ込む。
「ビショップ! 息をしろ、ビショップ!!」
クイーンが駆け寄り、血に染まる彼の体を抱き起こす。だが、胸を貫かれた傷は絶望的だった。
「……泣いてはいけません……。あなたは……小隊の『絶対的エース』……最後まで……倒れては……ならない……」
「嫌だ……私一人を残していかないでくれ……! ビショップ!!」
ビショップは血で汚れた手で、弱々しくクイーンの頬に触れた。
「……ナイトの近接刃と……私のスコープを……あなたの機体へ……。我々は……常に……あなたと共にあります……」
手が滑り落ち、ビショップの瞳から静かに光が消えた。
雨が二人を濡らす。
『ギャンビット』残存一兵。クイーンはたった一人、血の海の中に残された。
だが、悲しみすら許されない。
三度の死を超えたカメレオンの肉体が、もはや生命体とすら呼べない「最終形態」へと膨張を始めていた。




