無線の悲鳴
群がるクローン兵の群れを破砕し、外郭ブロックの巨大な耐圧隔壁を押し開けたとき、通路を支配していたのは異様なまでの静寂だった。
床一面には、数分前まで蠢いていたクローン兵たちの残骸――黒い汚泥と灰の塊が、焦げたタンパク質の臭いを立ち昇らせながら広がっている。くつくは肩の痛みを殺し、短機関銃のマガジンを手慣れた手つきで交換した。空になった金属ケースが、濡れた床に乾いた音を立てて転がる。
「前方の警戒を怠るな。敵の防衛線は突破したが、ここはまだ要塞の外延部にすぎない」
わたぬきが重装アーマーの関節音を響かせ、小隊の先頭に立つ。背中の『過熱型バスター』が、過酷な連続戦闘の熱を吐き出しながらキィンと高い排気音を立てていた。
その時だった。
ジジッ……ザザザッ、ザッ……!
全員のヘルメット内に装着された全波域広域通信インカムから、鼓膜を刺すような強いノイズが弾けた。
本来であれば、作戦の隠密性を保つために広域回線は遮断されているはずだった。だが、それが強制的に接続されたということは、本隊の広域自動中継ネットワークが致命的な損傷を受け、制御不能の広域暗号信号を戦場全域に撒き散らし始めたことを意味していた。
「――こちら第101特務小隊! 応答せよ、本部! 応答せよ!」
ノイズの隙間から飛び込んできたのは、狂気すらはらんだ男の悲鳴だった。
背後に響くのは、雷鳴のような轟音と、巨大な建造物が破砕される重苦しい破壊音。
「第1戦区、幹部『フェンリル』と遭遇! なんだこの破壊力は……! 攻撃が効かない! 重対物ライフルも対戦車ミサイルも弾かれた! 一打で陣地が丸ごと吹き飛ばされ――あ、あぁぁぁぁっ!?」
地鳴りが響く。爆発音ではない。圧倒的な質量と暴力が、ただ地面を踏み荒らした音だ。
「第204小隊より緊急打電! こちらは幹部『シリウス』と交戦中! 狙撃手が全滅! 完璧すぎる……隙がない! こちらの戦術が全て読まれて――がはっ!?」
「第88小隊! 幹部『ケルベロス』に捕捉された! 逃げられない、鎖か……!? 捕まった者から順に噛み砕かれていく! 救護は無用、来――」
「第12小隊、本部へ! 敵幹部『カメレオン』の姿を見失っ――待て、隊長!? なぜ味方を撃つ!? 違う、そいつは隊長じゃな――」
バリバリッ、と金属が圧縮され、骨が一度に数百本単位で噛み砕かれる湿った音がスピーカーから溢れ出した。
各地からの悲鳴、絶叫、そして通信途絶を示す無機質なノイズだけがヘルメット内に響き渡る。
「……各戦区の特務小隊が、一瞬で消えていく……?」
うりわりが息を呑み、胸の弾薬帯を握りしめた。第101小隊は、重装甲パワードスーツで固められた精鋭中の精鋭部隊のはずだった。それが、叫ぶ暇すら与えられず踏み潰されたのだ。
だが、地獄のノイズは止まらない。
周波数が自動で切り替わり、別のチャンネルから凄惨な現場の音が流れ込んでくる。
「第204特務小隊より全軍へ! 敵幹部『プロメテウス』確認! 奴の身体から放出される爆炎が……熱量が異常だ! 装甲が溶ける! 視界全体が火の海だ!」
「隊長! 冷却液が追いつきません! 足が……膝から下が溶け落ちて――」
「うあああああ熱い! 熱い熱い熱い! 助けてくれ、誰か、助け――」
熱で溶けた通信機がショートする焦げ付くような音。
続いて流れてきたのは、静寂の中を一定のリズムで歩く、静かな靴音だった。
「――こちら第302特務小隊……残存……一名……」
かすれきった声。男の息遣いは浅く、大量の血を喉に詰まらせているのが音だけで分かった。
「……『イージス』だ。奴は……一切の武器を使わない。ただ……立っているだけだ。僕たちの放ったレーザーも、榴弾も、すべてのエネルギーが奴の周囲で消滅する……。奴が歩くだけで……仲間が……空間ごと……握り潰されて……」
「無駄だ……誰も勝てない……人類は……負け――」
ブツン。
通信が完全に途絶した。
混信音は消え、残されたのは要塞内部の無機質な機械音と、五人の荒い呼吸音だけだった。
同時投入されたはずの計十二の精鋭部隊。
何百人という洗練された兵士たちが、ほんの数分の間に、本物の「異形の者」の幹部たちによって虫ケラのように踏みつぶされ、焼き尽くされ、破砕された。
「……本物、か」
あらがねが、低く絞り出すように呟いた。
スコープを見つめる彼の眼孔に、わずかな感情の揺らぎが走る。
劣化版のクローンですら、連続四回の破砕を要する化物なのだ。遺伝子操作のオリジナルであり、核兵器すら克服して十年間進化し続けた『本物の幹部』の異常性。それはもはや、人類が兵器と呼べる領域を遥かに超えていた。
「怯むな」
わたぬきの氷のように冷たい声が、重苦しい空気を切り裂いた。
彼女は振り返りもせず、眼球インプラントの赤い光を要塞の中枢へ向けたままであった。
「他部隊が幹部どもを引きつけている。……これ以上の好機はない」
「少佐……他部隊は全員死滅したんですよ!?」
ほずみが思わず声を張り上げた。バイザー越しに見える彼女の顔は蒼白だった。
「残る幹部どもが、作戦の全貌に気づいてこの中枢へ戻ってくれば……私たちは挟み撃ちになる! 時間がありません!」
「だからこそ、進むのだ」
わたぬきは静かに『過熱型バスター』の安全装置を解除した。
「敵の頭脳『クエーサー』を討ち取り、この要塞の指揮系統を破砕する。それが完遂できれば、司令部が手配している広域破壊兵器の第二波が、この要塞ごと残る幹部どもを蒸発させる。我々の命と引き換えに、奴らを道連れにするのだ」
言葉の裏にある悲壮な事実。
救援など、最初から来ない。彼らがクエーサーを殺そうが殺すまいが、この作戦の結末は『第365特務小隊の全滅』でしかあり得ないのだ。
くつくは黙ってサバイバーの銃口を下げ、ゆっくりと息を吐き出した。
脳裏に浮かぶのは、かつて共に戦い、カレンダーの数字のように消えていった無数の戦友たちの顔だった。
「……行くぞ」
くつくの呟きに、あらがねが小さく頷き、うりわりが不敵な笑みを浮かべて見せ、ほずみが意を決して注射器を握り直す。
他部隊の惨劇は、絶望の提示であると同時に、戻ることの許されないカウントダウンの合図だった。
七頭の怪物が背後から迫る暗闇の中、たった一隊残された第365特務小隊は、智謀の士クエーサーが待ち受ける死の最奥へと、確かな足取りで足を踏み入れた。




