鏡像の惨劇
「ゴリ……ガリガリッ……!」
濡れたアスファルトの上で、カメレオンの死体が異様な音を立てて波打った。
破壊されたはずの頭部と心臓の肉芽が爆発的に増殖し、黒い細胞が脈打つ。一瞬で創部が塞がるどころか、その皮膚表面は光を異次元に屈折させる無数の超微細アレイで覆い尽くされていった。
「……来ますよ。一度目の覚醒です」
ビショップが『アーク・ビショップ』の照準を合わせたまま、硬い声で警告する。
ゆっくりと立ち上がったカメレオンの肉体から、不気味なほどの「静寂」が広がった。
光学、熱源、匂い、音波、さらには個体の識別ID信号まで――世界からカメレオンという存在が完全に消失する。第一波で見せた単純な迷彩ではない。周囲の環境・情報ネットワークそのものへ完全に溶け込む「絶対過敏擬態」への進化だ。
「ちっ……姿が見えねえだけじゃねえ、センサーも全滅かよ!」
ナイトが砕岩斧を構え直し、鋭く周囲を警戒する。
その時、路地の暗がりから足音が近づいてきた。
ガタガタと震えながら歩み寄ってきたのは――血まみれの軍服を着た、一人の若い男だった。
「な……ナイトさん……? クイーン隊長……! よかった……生き残りがいた……!」
「な……ッ!?」
ナイトの息が止まった。
その男の顔、声、身振り、そして胸に刻まれた第102部隊の認識番号。それは一年前、前線でナイトの身代わりとなって戦死したかつての弟分――「ロイ」そのものだった。
「バカな……ロイ……!? お前はあの時、俺の目の前で――」
「助けてください……足が……動かないんだ……ナイトさん……!」
泣きじゃくりながら手を伸ばしてくるロイ。その表情には、ナイトが忘れたことのない、あの日の怯えと情けなさが完璧に再現されていた。脳の記憶素子から視覚情報を読み取られたかのような、完璧すぎる「幻影」。
「ナイト、撃て! それは敵だ!」
ビショップの怒号が飛ぶ。しかし、あまりにも生々しい過去の亡霊を前に、ナイトの屈強な腕が一瞬だけ、ほんのコンマ数秒だけ凍りついた。
「ロイ……お前……」
「――もらったよ、愚かな人間」
ロイの顔が突起状に裂け、歪んだ笑みを浮かべた。
瞬間、その右腕が伸縮自在の鋭利な生体高周波ブレードへと変貌し、ナイトの無防備な腹部へ向けて一閃される。
グサッ……!!
「ガハッ……!?」
鮮血が雨の街に撒き散らされた。生体ブレードがナイトの腹部を深く貫き、背中へと突き抜ける。
「ナイトッ!」
クイーンの悲鳴のような叫びが響く。カメレオンはナイトを嘲笑うかのように、刺し貫いた腕の刃を内部で開こうとした。
だが――
「……へっ……引っかかったな……バカめ……」
ナイトの口から大量の血が溢れ出た。しかし、その瞳には一切の迷いがなかった。
ナイトは腹を貫かれたまま、筋肉を極限まで収縮させ、両腕でカメレオンの突き刺さった腕を力任せに鷲掴みにした。骨が軋むほどの握力で、敵の腕を己の体内に「固定」する。
「な……離せ! 抜け……ぬ、抜けない!?」
「惑わされるかよ……! ロイはな……もっと男らしく死んだんだよ……! お前みたいなバケモノが……あいつの顔を騙るんじゃねえ!!」
ナイトの咆哮。死角から影を潜めて襲う「騎士」が、自らの命を賭して引き寄せた絶対の「接点」。
「クイーン……今だ!! こいつを……俺ごと撃ち抜けぇぇぇっ!!」
「ナイト――ッ!!」
クイーンの体に電流が走る。躊躇は即、全滅を意味する。
背部スラスターが限界突破の蒼炎を噴き上げた。視界が血で滲む中、クイーンは超高速で肉薄し、二丁のサブマシンガンの銃口を、ナイトの身体越しにカメレオンの胸部へ突き立てた。
「許さない……絶対に……許さない!!」
ズドォォォンッ!! ズババババババンッ!!
高エネルギー弾の連射が、ナイトの背中を、そしてその奥にあるカメレオンの核(心臓)を同時に叩き潰す。
激しい爆風と血煙が巻き起こり、カメレオンは悲鳴を上げながら2度目の肉体崩壊を起こし、ナイトと共に崩れ落ちた。
「……がはっ……ふ……見事だ……隊長……」
雨が降りしきる瓦礫の上、ナイトの瞳から光が失われていく。
「ナイト! しっかりしろ、ナイト!」
クイーンが膝をつき、彼の血まみれの身体を抱き起こす。だが、腹部の傷はあまりにも致命的だった。
「……泣くなよ……クイーン……。俺は……ポーンを一枚……進めただけだ……」
ナイトは弱々しく微笑み、血のついた手でクイーンの肩を叩いた。
「あとは……頼んだぞ……俺たちの……クイーン……」
そう言い残し、ナイトの手が力なくアスファルトへ落ちた。
「ナイト……? ナイト!!」
雨音だけが虚しく響く。特殊戦術班『ギャンビット』、最初の犠牲者。
二回目の撃破を達成した代償はあまりにも大きく、そして崩れかけたカメレオンの肉体は、なおも不気味に蠢き始めていた。




