最終反応
白煙が重く、静かに風に流れていく。
過熱した大気は焼けた装甲とタンパク質の焦げる不快な異臭を放ち、融解した地面は赤黒くドロドロと泡を立てて熱泥の海と化していた。大気が激しく歪み、遠くの景色を不気味に揺らしている。
その地獄の中心に、異形『イージス』は横たわっていた。
4度の復活と異常進化的変貌。人類のあらゆる兵器を過去のものとし、絶望の象徴として君臨した巨大な異形。だが、キセノンが命を懸けてその死角を可視化し、ガリウムが内部から分子構造を脆化させ、フルオリーンがその身を破滅の劇薬として叩き込んだ『連続する化学反応』により、不落を誇った絶対防御は痕跡すら残さず消失していた。
肉体を覆っていた高密度の透過バリアも、全方位を拒絶した歪曲空間も、己を焼くほどの超高熱場も――そのすべてが、仲間たちが遺した不可逆の反応によって内側から焼き尽くされ、破綻していた。
再生の力も、もはや残されていない。
引きちぎられ、ドロドロに溶けた巨躯の胸腔と頭部――そこに剥き出しとなった歪な核だけが、死にかけの心臓のように息絶え絶えに弱々しく脈打っている。
「ハァ……ッ、ハァ……ッ、ハァ……ッ」
大破した機体のコックピット内で、カーボンの荒い息遣いだけが響いていた。
機体の残存率は絶望的だった。左腕と右脚は吹き飛び、メインモニターは激しいノイズを吐き出したまま沈黙。歪んだ胸部フレームが操縦者の胸郭を容赦なく締め付け、息を吸うたびに砕けた肋骨が激痛を走らせる。視界は自身の額から流れる血で赤く滲み、油断すれば今すぐにでも意識が闇の底へと呑み込まれそうだった。
それでも、カーボンは操縦桿を放さなかった。
手袋越しに伝わる金属の冷たさと、伝導する歪んだエンジンの振動だけが、彼をこの世に繋ぎ止めていた。
(キセノン……ガリウム……フルオリーン……)
暗転しかける脳裏に、かつての彼女たちの姿が駆け巡る。
冷ややかでだるそうに、だが誰よりも正確に戦場を見抜いていたキセノン。
狂気に身を委ね、サディスティックな笑みを浮かべながら敵をボロボロに溶かしていたガリウム。
勝気で破天荒、誰よりも熱く前線を突き進んでいったフルオリーン。
誰一人として噛み合っていなかった、不揃いで極端な元素たち。
単体では個性的すぎる牙に過ぎなかった彼女たちを繋ぎ合わせ、一つの「巨大な連鎖反応」としてイージスの絶対防御を打ち破る不可欠な媒介――それこそが、他でもない彼という存在、触媒『カーボン』だった。
「お前たちが……俺に……命を賭けて、道を繋いでくれた……!」
ガタガタと震える手で、カチャリと予備操縦系統を強引に接続する。
エラーログが視界を埋め尽くす中、カーボン機が、ただ一本の片脚と死にかけた片腕だけで、泥を蹴り上げ、軋み声を上げて立ち上がった。
機体背面に残された、たった一つの高機動ブレード。
カーボンの本来の性質。あらゆる元素と結合し、時に優しく柔軟なグラファイトとなり――そして、限界を超えた極限の圧力と超高熱を経た時、世界で最も硬く、何者にも傷つけられない結晶へとその姿を変える。
仲間の死と、過酷な戦場が加えた凄絶な圧力が、いま、カーボンの魂を不可逆の領域へと進化させていた。
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!」
カーボンの途切れ途切れの咆哮とともに、大破した機体が背部のスラスターに残された最後の一滴の燃料を全噴射した。
死角なしの直線軌道。一切の迷いも、防御の余地もない、全存在と全質量を賭した命の一閃。
イージスの残骸が、死への本能的な恐怖からか、ドロドロに溶け残った肉体から剥き出しの触手を幾本も伸ばし、泥足の突撃を阻もうと抵抗を試みる。
だが、仲間たちの命の残光を背負い、最高硬度へと変貌を遂げたカーボンの突撃を止める術など、この世界に何一つ存在しなかった。
迫り来る触手をブレードの刃先で力任せに薙ぎ払い、溶けた焦熱の大地を滑り込み――。
「砕けろぉぉぉぉッ! 『ダイヤモンド・ドライブ』!!」
空間そのものを切り裂くような、甲高い高音の金属摩擦音が戦場に爆発した。
カーボン機のブレードが、過給された超高圧のエネルギーを纏い、イージスの剥き出しになった胸腔の核と、頭部の思考中枢を同時に一閃のもとに貫いた。
「ギ……ガ……ァ……ッ……!?」
絶対の防御を誇り、数多の都市を灰に変え、人類を絶望の淵に突き落とした最凶の異形イージス。
その最後の核心部が、最高硬度の一閃によって内側からパリンとガラスが割れるような音を立てて崩壊し、粉々に砕け散る。
脈打っていた朱色の不気味な光が粒子となって空中に霧散し、数十メートルの巨躯が完全に流動性を失い、ただの言わぬ肉塊となって焦土へ崩れ落ちた。
4回目の完全撃破。
世界を揺るがした再生の不快な鼓動は、二度と刻まれない。
不落の異形『イージス』は、ここに完全消滅した。




