臨界点
「ガハッ……くそっ……!」
警報音が狂ったように鳴り響くコックピットで、カーボンは口内に溢れた血を吐き捨てた。
メインモニターの半分はノイズで死に、機体のフレームは歪みきっている。ガリウムが命を懸けて歪曲バリアを打ち抜き、フルオリーンがその核を叩き割った——だが、その3度目の爆砕の余波は、至近距離で前線を維持していたカーボンの機体をも容赦なく切り刻んでいた。
左腕のアクチュエータは破断。制御系も応答が怪しい。
「……ハッ……ハハ……見たかよ……ガリウム……吹っ飛ばしてやったぜ……」
通信機から届くのは、荒い息を吐き出すフルオリーンの途切れ途切れの声だった。彼女の機体も無事ではない。過熱した冷却液が蒸気となって噴出し、機体全体が赤い熱を帯びて煤けている。
キセノンが死に、ガリウムが散った。
残されたのは、満身創痍の二人だけだ。
「……フルオリーン、動けるか」
「当たり前だろ……! 誰に口利いてんだ……カーボン……ッ!」
強がりを叩くフルオリーンだが、機体のバイタルデータは既にレッドラインを越えていた。限界を超えた過給の連続で、ジェネレーターはいつ爆発してもおかしくない。
しかし、戦場は彼らに感傷に浸る一瞬の時間すら与えない。
ズズズ……ドクン……ッ!
焦土に転がっていたイージスの肉塊が、猛烈な熱を発しながら収縮を始めた。
3度の死を経験し、その度に「絶対防御」の概念を強靭化させてきた異形。だが、今度の変貌はこれまでのものとは根本的に異なっていた。
「……なんだ、ありゃあ……?」
フルオリーンの絶句した声が漏れる。
黒煙を振り払い立ち上がったイージスの姿——そこには、これまでのような「巨体」や「強固な防壁」の面影はなかった。
1度目の脆化、2度目の高熱侵食、3度目の内部圧搾。その全てを経験した細胞は、自らを守る防壁を作ることすら捨て、全身の皮膚と装甲を「爆発的な超高熱エネルギーの塊」へと作り替えていた。
「ガアアアアアアアアアッ!!」
咆哮とともに、イージスの肉体から全方位へ向けて超高熱のプラズマ波が撒き散らされる。
防御を捨て、自らの防壁そのものを高熱・爆発エネルギーへ変換して周囲の全てを蒸発させる完全な狂暴化——4度目の完全暴走形態。
触れるもの全てを溶かす熱波が、迫ってくる。
「フルオリーン、回避しろ!」
「無理だ……! どこにも……逃げ場なんかねえぞ……!」
全方位を覆う破壊の波。壊れかけたカーボンの機体では、回避も防御も不可能な死の壁。
「くそっ……ここまで、仲間が繋いできたんだ……! ここで倒れるわけには……ッ!」
カーボンは生き残った右腕で操縦桿を限界まで押し込み、歪んだフレームに悲鳴をあげさせながらフルオリーンの機体の前に滑り込んだ。残されたスモークと僅かな防護フィールドを全展開し、盾となる。
バリバリバリッ——ドカンッ!!
「ぐあぁぁぁぁぁッ!?」
強烈な熱線と衝撃がカーボン機を叩く。コックピット内の温度が跳ね上がり、カーボンの皮膚が焦げ、激しい痛みが脳を焼く。カーボン機は右肩から先を爆散させられ、膝から崩れ落ちた。
「カーボンッ!?」
「……ハッ……ハッ……まだだ……まだ……終わらせない……!」
激痛で視界が赤く染まる中、カーボンは血走った目で暴走するイージスを見据えた。
自らの身を削り、全てを焼き尽くそうとする怪物。だが、その狂暴化の陰で、カーボンは確かに見逃さなかった。
防壁を全て攻撃エネルギーへと変換しているがゆえに、イージスの肉体の最奥——あの胸腔の奥にある「最終核」だけが、無防備に、剥き出しになって脈打っているのを。
「フルオリーン……聞こえるか……」
「カーボン……お前、その体で……」
「奴は……防御を捨てた……。あいつの奥に……本当のコアが剥き出しになっている……」
カーボンは血塗られた手で操縦桿を握り直し、壊れた機体を泥の中から無理やり立ち上がらせた。
「キセノンが見つけ……ガリウムが抉り……俺たちが追い詰めた……。次で……最後だ……!」




