歪む戦場
「ハァ……ハァ……ッ!」
煙の立ち込めるコックピット内で、カーボンは激しい息を吐き出していた。
二度目の撃破と引き換えに払った代償はあまりにも大きかった。キセノンという「目」を失い、陣形は既に崩壊しかけている。
ドクン、ドクン……。
静寂を破り、三度目の脈動が焦土に響き渡る。
沈黙していた肉塊が、骨組みを組み替えるような不気味な異音を立てて歪み始めた。
「グオオオオオオオオンッ!!」
イージスから解き放たれたのは、これまでと一線を画す異次元の圧力だった。
細胞の異常進化は、絶対防御の概念そのものを書き換えていた。肉体を守る防壁ではなく、周囲数キロメートルの空間そのものを歪ませ、近づく者すべての物質を等しく押し潰す『広域空間歪曲バリア』。
「くっ……圧力が……重すぎる……!」
カーボン機の装甲が、空間の歪みによって激しい軋み声を上げる。接近することすら許されない絶対不可侵域。
その時、激しい雑音とともに通信機から他部隊の悲痛な声が交錯した。
「――こちら第2地区! プロテアだ! 爆破が足りねえ、もっと火種を――(猛烈な爆音)――『プロメテウス』の火力を押し戻せ!!」
「……ガガッ、ツ――くそっ、他の連中も全滅しかけてやがる……!」
混信の狭間から聞こえたのは、他のエリアで戦う特務部隊の絶叫だった。
他部隊もまた、地獄の最前線で命を擦り減らしながら戦っている。
「……他の部隊の奴らも、死に物狂いでやってるんだ。……俺たちだけ突っ立ってるわけにはいかない……ッ!」
カーボンは血の滲む唇を噛み締め、操縦桿を握り直す。
「カーボン。……あの歪曲空間、外からの攻撃は100%不干渉化されるわ」
途切れ途切れの通信から聞こえたのは、ガリウムの声だった。その声にはいつものサディスティックな挑発的な響きはない。静かな、ゾッとするほど冷ややかな声だった。
「外から届かないなら……内部から直接、私の粒子を流し込むしかないわよね?」
「ガリウム……? お前、何を――」
「ふふ、私をあの歪曲空間の奥へ撃ち出しなさい。カーボン」
ガリウムの機体が、スラスターの最終リミッターを解除し、不気味な黒銀色の光を放ち始める。
「馬鹿なことを言うな! あの空間の圧搾に飛び込んだら、機体ごと押し潰されるぞ!」
「分かってるわよ。でもね……キセノンが命を懸けて繋いだラインを、ここで終わらせるわけにはいかないの。それに……」
ガリウムは狂気に満ちた、だがどこか愛おしむような美しい笑みを浮かべた。
「あんなに硬くてプライドの高い化け物が、私の一滴で内側からボロボロに崩れていくの……想像しただけで、ゾクゾクするじゃない?」
「ガリウムっ!!」
「私を撃てぇぇぇッ、カーボン!!」
カーボンの制止を振り切り、ガリウムの機体が全推力を解放。直線軌道でイージスの空間歪曲域へと突入した。
ギチチチチッ……ドガガガガッ!!
空間の歪みがガリウム機を襲い、超高密度装甲が飴細工のように歪み、押し潰されていく。凄絶な金属損壊音。だが、彼女は止まらない。潰され、砕かれながらも、ガリウムは機体の槍をイージスの肉体深くへと突き刺した。
「砕けろ……溶けろ……! 私の命を全部喰らって……ボロボロになりなさいっ!!」
機体に残されたすべての浸透性ガリウム粒子が、超高圧でイージスの内部へと直接噴射された。
極限の液体金属脆化。
内側から分子結合を破壊されたイージスの歪曲バリアが、悲鳴のような高周波を立てて不均一に歪み、パリンとガラスが割れるような音とともに崩壊していく。
「あは……見なさい……ボロボロ……よ……カーボン……あいつを……う……撃て――」
圧搾する空間の負荷に耐え切れず、ガリウムの機体がコックピットごと完全に押し潰された。
「ガリウムーーッ!!」
空間の歪みが晴れ、内部構造がドロドロに脆化したイージスの巨躯が白日の下に晒される。
「フルオリーン! ガリウムが作ってくれた道だ!!」
「言われなくても……分かってんだよぉぉぉッ!!」
怒りと悲痛の咆哮をあげ、涙と血で顔を濡らしたフルオリーンが跳躍。ガリウムが命と引き換えに穿った無防備な核心部へと、過熱する全エネルギーを叩き込んだ。
ドゴオオオオオンッ!!
三度目の爆砕。
イージスの肉体が激しい炎とともに砕け散る。
だが、間近で爆破を遂行したフルオリーンの機体も爆風で吹き飛ばされ、そして前線を支え続けていたカーボンの機体もまた、破片の直撃を受けて致命的な損傷を負っていた。
残されたのは、ボロボロの二人。
そして、暗雲の垂れこめる戦場に、最凶の鼓動が響き渡ろうとしていた。




