不落の巨神
硝煙と焼失したタンパク質の臭いが、焦土となった第三戦域の気流に混じり合っていた。
重厚な爆発音が遠のき、代わりに響くのは装甲が軋む不快な金属音と、通信網を埋め尽くす悲鳴だけだ。
「——だめだ! 熱量弾、まったく効いてねえ! 奴のバリア、表面の熱量を全方向へ分散させて——ぐあぁっ!?」
ノイズの彼方で、前線にあたっていた通常歩兵大隊の通信が途絶える。
視界の先、立ち込める黒煙を押し分けて姿を現したのは、山と見紛う巨躯を誇る異形——『イージス』だった。
遺伝子操作の果てに異常な進化を遂げた八体の悪夢。
その中でもイージスは、「絶対的な防御力」の象徴であった。敵が放つあらゆる運動エネルギー、熱量、化学的衝撃。
それら全てを肉体の表面を覆う不可視の透過型エネルギー防壁と、超高密度細胞装甲によって無効化し、ただ歩みを進めるだけで前線をすり鉢状に砕き潰していく。
大量破壊兵器が潰え、対人汎用戦へと切り替えざるを得なくなった人類にとって、この動く不落の要塞は絶望そのものだった。
「ひでぇ有様だな。前任の戦車大隊、一分も持たなかったぞ」
上空から降下し、荒れ果てたクレーターの縁に着地した一機の高機動フレーム。そのコックピットの中で、隊長のカーボンは表示される戦闘データを冷徹に視界の隅へと払いのけた。
『オペレーション・ラストアタック』。
先行した第365特務小隊が敵幹部『クエーサー』を撃破したという一報を受け、人類側本部が発令した全軍総反撃作戦。だが、指揮系統が麻痺したところで、目の前に立つ怪物の「硬さ」が変わるわけではない。
「キセノン、状況は?」
無線越しに問いかけると、あくび混じりのだるそうな声が返ってきた。
「……ん。解析完了。相変わらず硬い。運動エネルギー変換率99.8%。通常の物理打撃も熱線も、全部表面の分子循環で無力化されてる。正攻略法……ゼロ。ただ突っ込んだら、一瞬で圧死させられて終わり……ふぁぁ」
後方の装甲車両内、モニターの光に顔を照らされたキセノンは、眠そうに目をこすりながらコンソールを叩いている。ダウナーな雰囲気に反し、彼女の指先が叩き出すデータは敵のバリアのわずかな「周波数」と「周期的な分子の隙間」を完璧に捉えていた。
「十分だ。ガリウム、準備はいいか」
「いつでもいけるわよ、隊長」
通信機から弾むような、狂気を含んだ濡れた声が響く。中衛に位置する高機動機から、ガリウムが舌なめずりをする気配が伝わってきた。
「あのカチカチの男前、早くドロドロのボロボロにしてやりたいわ。あのすましたバリアの奥に、私の浸透粒子を流し込んで……泣き叫ばせてあげる」
「品のない言い方はやめろ。……フルオリーン、お前は俺の合図があるまで絶対に突っ込むなよ」
「ははっ! 堅苦しいこと言ってんじゃねえよ、カーボン!」
前衛のもう一機、過熱したスラスターから不気味な赤熱を撒き散らす機体の中で、フルオリーンが荒々しく笑い声をあげた。
「あんなデカい標的、一発で溶かし尽くしてやればいいんだろ!? 早く行こうぜ、血が煮えくり返って収まらねえんだ!」
「言っておくが、単体での火力じゃあの防壁は抜けん。焦ればお前が焼き尽くされるぞ」
カーボンは操縦桿を握り直し、機体の武装チェックを終わらせた。
部隊を指揮するのはカーボン。強烈すぎる個性と破格の戦闘力を持つ三人の女性陣の中で、彼の機体スペックと戦術特性は一見すると「器用貧乏で普通」に見える。しかし、彼女たちが持つ極端な牙を一つに繋ぎ合わせ、敵の「絶対防御」の死角へ正しく導くことのできる指揮官は、この戦場において彼一人しか存在しなかった。
解析のキセノン。
脆化のガリウム。
高熱爆砕のフルオリーン。
そして、それらを結びつけるカーボン。
特殊攻略班『リアクター』。
単体では決して打ち破れない無敵の怪物に対し、連続する化学反応をもって挑む、対絶対防御のスペシャリスト集団。
ズシーン、と地鳴りが響く。
イージスの巨躯がこちらを捉えた。理性を失った凶暴な眼光が、新手の小さな虫ケラたちを見下ろすようにギラリと光る。その周囲の空間が、絶対的な防御の歪みによって微かに揺らめいていた。
カーボンは深く息を吐き出し、通信網の全員へ静かに、だが確かな熱量を込めて告げた。
「これより、イージス討伐作戦を開始する。——全員、遅れるなよ」




