栄光の散り際
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!!」
爆炎を切り裂き、赤い影が滑走する。
グロリオサの強化外骨格はすでに原形を留めていなかった。右肩の装甲は剥げ落ち、左腹部には鋭利な甲殻の破片が深く刺さったまま。激痛で視界が明滅し、一息吸うごとに肺胞が焼き切れるような灼熱の空気が喉を奔る。
踏み出すたびに膝の油圧ピストンから火花が上がり、体内の骨格が鳴動する。血の混じった唾液を吐き出しながら、彼は感覚の失われつつある両腕で愛銃を強く抱え直した。肉体の限界などとうに超えている。今彼を動かしているのは、生への執着ではなく、散っていった5人の魂が燃やし続ける怨念と誇りそのものだった。
それでも、足を止めない。
正面には完全なる死を迎える直前の暴走を起こす『プロメテウス』の巨躯があった。
デルフィニウムが放った極大徹甲弾によって胸部の中央が完璧に穿たれ、脈動する生体脳幹と心臓の起点――剥き出しの『核』が、黒い血を散らしながら露わになっている。
「ガ、アアア……ッ! ガアアアアアアッ!!」
理性を失ったプロメテウスが、最後の足掻きとして全身の爆発性細胞を一斉に明滅させた。
全方位へと放たれる無数の熱線とショックウェーブ。グロリオサの肉体を容赦なく穿ち、焼き、切り裂く。
肉が焦げる臭いと装甲が溶ける異臭が鼻をつく。一歩進むごとに視界が削られ、肉体が削ぎ落とされていく。だが、その灼熱の嵐の中で、彼の眼裏には仲間たちの最後の姿が鮮明に浮かび上がっていた。
己を盾にして砕け散ったブルースター。
笑いながら道を切り開いたガーベラ。
狂熱の中で敵を縛り上げたカサブランカ。
自らの身を楔として敵を固定したプロテア。
そして、失明しながらも寸分違わず未来を射抜いた隊長デルフィニウム。
だが――届く。
仲間の命が与えてくれた最後のチャンスだ。
ブルースターが命を賭して護り抜いてくれた命で、ガーベラが笑って勝ち得た時間。
カサブランカが狂い咲いて縛り付けた奴の肉体、プロテアが命懸けでねじ伏せた機能していない腕。
特攻の弾丸となって死んでいった仲間たちが、今、グロリオサの背中を強引に前へと押し出していた。
そしてデルフィニウムが自らの全存在を爆ぜさせて射抜いた、たった一つの道筋だ!
「これが……俺たち『ファントム・ブーケ』の……最後の一撃だぁぁぁぁぁッ!!」
グロリオサは跳躍した。
背部スラスターの全エネルギーを解放し、自らの命ごと弾頭と化して敵の胸元へと突っ込む。
滑走する爪がプロメテウスの傷口に喰い込み、彼は両手で固く握りしめた『ブラスト・ストライカー』の銃口を、剥き出しの『核』の最奥――脳幹と心臓が交錯する絶対の弱点へと突き立てた。
シリンダーに残された、最後の爆砕弾頭。
「死ねぇぇぇぇぇッ!! バケモノがぁぁぁぁッ!!!」
引き金を、絞り尽くす。
ド・バァァァァァァァァンッ!!!!!
至近距離での全弾爆破。
高熱爆薬と超硬スラグ弾の嵐がプロメテウスの核を内部から跡形もなく微粒子レベルまで破砕・粉砕した。
内側から脈動が途切れ、プロメテウスの体躯を貫く巨大な神経系が一瞬にして黒く焼き切れていく。絶叫すらあげることを許されず、怪物の眼球から光が失われ、その巨大な質量が物理法則に従って崩れ落ちていく。
「ガ……ッ……!?」
プロメテウスの単眼から光が消える。
三度の死を超え、異常な進化を繰り返してきた細胞が、今度こそ完全に再生能力を失い、崩発を起こして灰褐色の汚泥へと変貌していく。
ズズズズ……ドォォォォン……。
山のような巨体が地鳴りを立てて崩れ去り、焦土の上にただの物言わぬ残骸となって横たわった。
静寂。
プロメテウスの消滅とともに、周囲を包んでいた激しい熱波が嘘のように引き、後方から吹き付ける冷たい黒雨が戦場を濡らし始める。
【プロメテウス】――完全撃破。
「ハッ……ハッ……ハッ……」
グロリオサは、灰の山となったプロメテウスの残骸の上に座り込んでいた。
手にしていたブラスト・ストライカーが指先から滑り落ち、泥の中に冷たい音を立てて没する。
体中の熱が一気に奪われていく。指先から感覚が消え、呼吸のたびに体内で血が逆流するのが分かった。激痛はどこか遠くへ去り、代わりに途方もない疲労感と静けさが彼を包み込んでいく。
「……勝ったぞ……みんな……」
かすれる声。視界が急速に狭まり、光が失われていく。
腹部からの出血は止まらず、命の灯火が消えゆく感覚が明確に理解できた。
「……見たか……これが……俺たち人類の……意地だ……」
冷たい雨が顔を叩く。だが、その意識の深淵で、彼は見た気がした。
煙の向こう側で、ボロボロになりながらも笑って手を振るブルースターたちの姿を。
「……ああ……今、そっちへ行くよ……」
空を見上げる。
スモークと毒雨に覆われた不気味な黒い空。
だが、その雲の切れ目から、一筋のわずかな光が焦土を照らした気がした。
グロリオサの瞳から完全に光が失われ、その体がゆっくりと冷たい泥の上へと倒れ伏した。




