枯れぬ花束
「……見事だ、プロテア」
プロテアの肉体と命を飲み込みながら、プロメテウスが最後の自爆エネルギーを爆発的に膨張させる。
その狂暴な熱波の前に立ち、隊長デルフィニウムは静かに呟いた。
周囲の温度はすでに千度を超え、空気そのものが燃え上がっていた。デルフィニウムの戦術バイザーは高温でドロドロに溶け落ち、素顔が露わになっている。右目は爆風で吹き飛んだ破片に貫かれて潰れ、唯一残された左目からも鮮血が留まることなく溢れ出て、顎をつたって胸元へと落ちていた。
だが、彼の精神は氷のように澄み切っていた。
全身を襲う焼失の痛覚を完全に思考から切り離し、冷徹な計算だけで己の肉体を駆動させている。両視力を失いつつある世界の中で、彼が見つめていたのはプロテアが命を賭してこじ開けたプロメテウスの胸元――最後の『核』の輝きだけだった。
「デルフィニウム! 目が……!」
グロリオサの声に、デルフィニウムは首を横に振る。
「問題ない、グロリオサ。目など見えずとも、仲間の命が敵の位置をここまで鮮明に照らし出している」
彼の手にある大型対物狙撃砲は、すでに各所が歪み、冷却液が底をついて狂暴な熱を帯びていた。機関部は摩擦熱で溶着しかけており、内蔵されたバレルセンサーは限界を示す警報を鳴らし続けている。次の一発を撃てば、反動と過熱で銃身ごと己の肉体を破壊する殺傷兵器に変貌する。
それは狙撃手としての弾丸ではなく、己の命を叩きつける自爆と同義だった。
「デルフィニウム、よせ! その状態で撃てばお前も――!」
「グロリオサ」
デルフィニウムの低く冷ややかな、しかしどこか温かみを帯びた声がグロリオサの言葉を遮った。
「私が道を作る。……お前が、最後の一撃をぶちかませ!」
デルフィニウムは壊れかけた両脚で大地を叩き、脚部アンカーを地面の岩盤へと深く打ち込んだ。骨が軋む音とともに狙撃姿勢を完全固定する。
潰れた瞳から流れる血がスコープを真っ赤に染める。赤く濁った視界の中で、光学センサーも補正AIももはや意味をなさない。だが、彼の脳裏にはプロメテウスの位置が、寸分の狂いもなく立体的に描かれていた。
ブルースターが巨大な盾となり耐え抜いた破砕の痕跡。
ガーベラが命を削る滑走で焼き付けた残像。
カサブランカが超高熱ワイヤーで刻んだ拘束の軌道。
そして、プロテアが自らの骨を砕いてねじ込んだ、胸部の致命的な亀裂――。
散っていった4人の命の軌跡が、血の闇の中で一筋の光の線となって結ばれ、敵の心臓部を完璧に指し示していた。
「……ファントム・ブーケ全隊員へ。これより最終射撃を行う」
彼の手指が、赤く熱したトリガーへと迷いなくかかった。
「……射撃シークエンス完了」
ズ・ドォォォォォォォンッ!!!
戦場の空気を一瞬で真空に変えるほどの重低音が響き渡った。
限界を超えて放たれた極大徹甲弾は、プロメテウスの黒褐色の甲殻を切り裂き、プロテアが抉り取った痕跡――核心の最深部へと寸分の狂いもなく穿ち破った。
ドガガガガガッ!
同時に、過負荷を起こした対物狙撃砲が激しく破裂。
凄まじい反動と破片がデルフィニウムの胸部と腕を散々に引き裂いた。
破砕した砲身の金属片が胸甲を突き破り、鮮血が爆風とともに舞い散る。
右腕は肩から吹き飛び、胸腔が陥没する致命傷。それでもデルフィニウムの体は、打ち込まれた脚部アンカーによって最期まで大地に直立し続けていた。
「ガ、ハ……ッ」
血の海へと倒れ込むデルフィニウム。
途切れ途切れになる意識の中、彼は空を見上げた。黒い有毒雨の降る空が、ほんの少しだけ晴れ上がっていくような錯覚を覚えながら、通信インカムに最後の指示が刻まれた。
「……行け……グロリオサ……! 俺たちに……勝利を……」
デルフィニウムの瞳から完全に光が消え、戦術バイザーの生命反応フラグが『SILENT』へと変わる。隊長として、一人の兵士として、彼は完璧な道を作り上げて静かに息を引き取った。
「――応ぁぁぁぁぁぁッ!!!」
絶叫が、血と鉄の臭いが充満する荒野に響き渡った。
グロリオサの目から涙は溢れなかった。溢れ出る前に、体内の熱情がそれを干上がらせていた。
目の前で倒れた隊長の屍。その向こうで、デルフィニウムの解き放った一撃により、プロメテウスの『核』を覆っていた最後の装甲が完全に粉砕され、剥き出しの生体脳幹と心臓部が無防備に晒されていた。
ズキン、ズキンと不気味に脈打つ『核』。プロメテウスが自爆エネルギーを全放出しようとする寸前の輝き。
(ブルースター……ガーベラ……カサブランカ……プロテア……そして隊長……!)
グロリオサは踏み出した両脚に、全身の体重と魂を乗せた。突撃仕様の強化骨格が限界を超えた出力を叩き出し、関節部から激しい油煙が噴き出す。
「お前らが繋いだこの命……この一撃……!! タダで終わらせてたまるかぁぁぁッ!!」
彼は仲間たちの血と魂が刻まれた愛銃『ブラスト・ストライカー』を強く握り締め、爆炎の渦巻く最終決戦の渦中へと躍り出た。




