香煙(こうえん)の罠
「ガーベラ……ッ!!」
爆炎が巻き上がる焦土を見つめ、グロリオサが牙を剥く。
だが、余韻に浸る猶予すら地獄は与えてくれない。
三度の死を超えたプロメテウスの全身から、凄惨なまでの熱量が爆発的に放射され始めた。周囲の瓦礫が溶け落ちて赤黒いマグマの池と化し、空気が激しく歪む。近づくことすら不可能な「灼熱の絶対領域」。
「クソが……ッ! 接近センサーが熱暴走を起こしてやがる!」
プロテアがギガント・バスターを構え直すが、照準補正AIは赤く点滅するエラー画面を吐き出し続けるだけだった。数千度に達する熱波が皮膚を焼き、呼吸するだけで気道が焦げ付きそうな激痛が走る。ガーベラが命を捨てて買ったわずかな猶予も、プロメテウスが展開した絶対的な熱の壁によって削り取られていく。
「ガァァァァァァッ!!」
プロメテウスが両肩の生体迫撃砲と全身の生体砲身を同時に充填し始める。ガーベラという囮を失った今、次の一斉射で残された4人は確実に灰になる。
「熱量が跳ね上がりすぎているわ……普通の接近戦じゃ、辿り着く前に焼き尽くされるわね」
低く、甘やかな声が響いた。
カサブランカである。黒い電子戦用アーマーの随所から激しい火花を散らせながら、彼女は濡れた瞳でグロリオサとプロテア、そしてデルフィニウムを見つめた。
その瞳に宿るのは恐れではなく、底知れない狂気と耽美な悦楽。泥と煤に塗れながらも、彼女の立ち姿は夜の宴で踊る貴婦人のように優雅だった。部隊の「毒華」と呼ばれた女は、壊れていく自らの電子戦アーマーの警告音を、まるで心地よい音楽のように聴いていた。
「カサブランカ少尉、退避しろ! お前のアーマーの耐熱限界を超えている!」
デルフィニウムの制止に対し、彼女は艶やかな笑みを浮かべてゆっくりと首を振る。
「いいえ、隊長。私にぴったりの『舞台』を思いついたの。……男を地獄に引きずり込むのは、女の特権でしょう?」
彼女は腰のコンソールを力任せに打ち抜き、安全装置を完全に破壊した。
全身の装甲が展開し、内部に格納されていた無数の『超高熱切断ワイヤー』が、束となって爆風の中へと放たれる。
「カサブランカ、まさか貴様――!?」
プロテアの怒号を背に、カサブランカはスラスターを逆噴射し、灼熱の熱波が渦巻くプロメテウスの胸元へと一直線に飛び込んだ。
「逃がさないわ……私の糸からは、誰も逃れられないのよ!」
突入した瞬間、彼女のアーマーの外部装甲が熱で溶解し、下地のエレキ回路がバチバチと弾けた。生体熱線の直接照射を受け、肉体が内側から煮え立つような激痛がカサブランカを襲う。だが、彼女は悲鳴すら甘やかな吐息へと変え、ワイヤーの束をプロメテウスの巨躯へ叩きつけた。
「来なさい、愚かな怪物……! 私のすべてで、あなたを縛ってあげるわ!」
「ギャアアアアアッ!?」
プロメテウスの全身の砲身群に、縦横無尽に超高熱ワイヤーが絡みつく。カサブランカはワイヤーの端末を自らの機体に直接連結し、肉体を焦がされながらもプロメテウスの巨躯を物理的に拘束した。生体砲身が強引に固定され、射撃軌道が完全に塞がれる。
「ガ、ハッ……! 案外……熱いじゃない……」
アーマーが溶け、皮膚が焼け焦げる激痛の中、カサブランカは狂おしいほどの笑みを浮かべた。彼女は両手に持った高濃度熱圧爆薬の起爆コードを、プロメテウスの胸部甲殻の亀裂へ突き立てる。
「グロリオサ……! 最高の『華』を咲かせなさい……!!」
ドバァァァァァァンッ!!!
ゼロ距離での爆発。
カサブランカの身体ごと、プロメテウスの砲身群と胸部甲殻が豪快に吹き飛んだ。
「うおおぉぉぉぉぉぉッ!!!」
カサブランカが散り際に見せた狂熱の光が、グロリオサの魂に極限の火をつけた。視界を埋め尽くす肉と鉄の爆ぜる嵐。衝撃波で突撃仕様の強化外骨格が悲鳴を上げ、バイザーの表示が狂い散るのも構わず、彼は両脚のブースターを暴走限界まで吹かした。逝った者たちの叫びが、背中を押す猛烈な風となる。
「カサブランカぁぁぁぁぁッ!!」
爆風と猛炎を突き抜け、赤い影が躍り出た。
グロリオサだ。カサブランカが命と引き換えにこじ開けた胸部の中央――剥き出しになった3度目の生体心臓へ向け、彼は『ブラスト・ストライカー』の銃口を深々と突き刺した。
「三回目だぁぁぁぁぁッ!!!」
ドドドドバァンッ!
超硬スラグ弾と爆薬の集中連射。
プロメテウスの心臓組織が内部から激しく飛散し、巨体が絶叫とともに三度目の死を迎えて崩れ落ちた。
ドス黒い体液が雨のように降り注ぎ、グロリオサは膝をついた。残された弾倉を吐き出し、荒い息を吐く。カサブランカが散った場所には、もはや彼女を象徴していた美しいワイヤーの残骸すら残っていない。
「ハァ……ハァ……やった……倒したぞ……!」
プロテアが声を張り上げるが、その言葉は途中で途切れた。
しかし、倒れたはずの残骸から立ち昇る煙は、もはや紫色の体液の匂いではない。
全身が不気味な黒褐色に変色し、細胞そのものが不安定な『極大爆発性物質』へと変異していく。
血を流しながら対物狙撃砲を構え直すデルフィニウムの瞳に、最悪の『4度目の暴走形態』へと移行する異形の姿が映っていた。




