歪んだ弾道
ドス黒い紫色の体液を激しく撒き散らしながら、プロメテウスが三度立ち上がった。
その変貌は凄惨を極めていた。胸部の傷は分厚い生体装甲で覆われ、両肩からは異様に巨大化した生体迫撃砲が脈打ちながら生え伸びている。
「ガァァァァァァンッ!!」
地鳴りのような咆哮とともに、空に向けて無数の高熱榴弾が打ち上げられた。
放たれた弾丸は空中で巨大な弧を描き、要塞都市の広域全体へと容赦なく降り注ぎ始める。
「広域壊滅攻撃……!? くっ、狙いが雑になった分、弾数が桁違いだ!」
プロテアが迫る弾頭を機関砲で迎撃するが、空を埋め尽くす灼熱の雨をすべて落としきれるはずもない。焦土と化した街が、再び激しい爆炎の渦へと呑み込まれていく。
瓦礫の山が次々と赤黒い泥の海へと融解し、衝撃波が生体毒雨を激しく吹き散らす。直撃を免れた瓦礫の影でさえ、熱波と有毒蒸気が容赦なくアーマーを侵食していた。ブルースターという絶対的な「盾」を失った小隊には、この広域攻撃を凌ぐ術が残されていなかった。
ジジッ……ザザザッ……!
煙る爆煙の合間、全員の戦術バイザー内の広域通信に、激しいノイズ混じりで「別の戦場」の悲鳴が混信してきた。
「――こちら第3地区! 【イージス】の絶対防壁が突破できん! 「リアクター」隊、至急救援を――」
「――重力波の干渉速度が上昇! 【タイタン】の質量攻撃により第5戦区は壊滅状態! 繰り返す、第5戦区は――」
「――本部より全戦線へ! 持ちこたえろ、各自持ち場を死守せよ! 我らの背後にはもう――」
通信の途絶。それは人類側の防衛線が各所で同時に瓦解しつつあることを意味していた。自分たちがここでプロメテウスを倒したところで、世界そのものが崩壊すれば何の意味もないのではないか――そんな暗い疑問が、重く冷たく胸を締め付ける。
「……へっ、どこもかしこも地獄絵図だな」
高機動スラスターをきしませ、瓦礫の上を滑走しながらガーベラが力なく呟いた。
「『ラストアタック』なんて格好いい作戦名をつけておいて、蓋を開けてみりゃ世界中で兵士がまとめて肉片にされてるだけじゃねえか……」
「ガーベラ、私語を慎め! 敵の照準がこちらへ向く!」
デルフィニウムが叫ぶ。
プロメテウスの両肩の生体迫撃砲が不気味に明滅し、残された5人が潜む瓦礫の一帯へ向けて大量の生体榴弾をロックオンした。この距離、この密度の砲撃を受ければ、小隊は全滅する。
ターゲットマーカーがバイザー内で不気味に赤く点滅し、死のカウントダウンを刻み始める。逃げ場はない。射撃態勢に入った敵の巨体を前に、全員の動作が一瞬凍りついた。
(……ブルースターが命を張って繋いだ命だ。こんなところでまとめて消されてたまるかよ)
ガーベラは自虐的な笑みを浮かべると、背部スラスターの安全装置を力任せに解除した。
キュィィィィン――と高周波の摩擦音が響き、彼の高機動アーマーから限界を超えたオレンジ色の光条が噴き出す。
「ガーベラ!? 何をする気だ!」
グロリオサの怒号を背に、ガーベラはプロメテウスとは「全く逆の方向」――遮蔽物のない開けた平原へ向かって一気に滑走を開始した。
「おいおいバケモノ! どこを見てやがる! 俺はここだぞ、最高にすばしっこい獲物だ!!」
ガーベラは腰のシグナル弾をプロメテウスの単眼に向けて連続射撃。激しい光と熱で敵のセンサーを完全に焼き付け、誘引する。
「ガーベラ、やめろ! 戻れ!!」
「カサブランカさん、隊長! 寂しがり屋のあいつの目を引いたぜ! あとはよろしく頼むよ!」
プロメテウスの巨大曲射砲が一斉に軌道を修正。
降り注ぐ無数の高熱榴弾が、たった一人の軽装兵――ガーベラの向かう先へと一極集中した。
過負荷を起こしたスラスターが足元で悲鳴を上げ、装甲が熱で歪んでいく。背後から迫る無数の光弾。極限状態の集中力の中、ガーベラの脳裏に仲間たちの顔が駆け巡った。冷徹な隊長、強情なグロリオサ、豪快なプロテア、艶やかなカサブランカ……そして、先に逝ったブルースター。
「……ハハッ、希望だの『常に前進』だの、柄じゃねえコードネームだったけどよ……」
猛烈な爆炎とショックウェーブがガーベラの視界を赤く染め上げる。
彼は最期の瞬間まで軽口を叩くように、歪んだ笑みを浮かべた。
「みんな、先に行って待ってるぜ……!」
ドォォォォォォォンッ!!!
凄まじい爆風と土煙が舞い上がり、ガーベラが走っていた一帯が跡形もなく吹き飛んだ。
通信機から、彼のバイタルサインが消滅する。
「ガーベラぁぁぁぁぁッ!!」
グロリオサの絶叫が黒い雨の空に響き渡り、重く冷たい静寂と怒りが満ちていった。




