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The Third Man  作者: ブクロ


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【第5章】奇跡の少年 第3節:マッドサイエンティスト



 カンサはレイの方へ顔を向け、神妙な表情で首を横に振りながら言った。


「俺にも詳しいことは分からないが、たぶん何かの実験室だ。右側の部屋に何かある、恐らくそっちがメインだ。」


 カンサはそう言って右側を指した。レイは部屋の右側へと移動していく。


「やめろっ!!行くな!そっちはダメだ!!」


 全身を酷い打ち身であったために、苦痛でよろけながら青年は必死に抵抗しようとたが、レイを止める力は無かった。レイは部屋の右側に扉を見つけたようで、扉を開く音がカンサの耳に届いたが、しばらくするとカンサ達のいる部屋へ戻って来た。


「どうだった?隣の部屋には何があったんだ?」


 レイははカンサの質問に応えず、ぐったりと頭を垂れて座り込んでいる青年に話しかけた。


「おい、この檻の鍵はどこにある?」


 青年は頭を垂れたまま、力無く部屋の隅に置かれた机を指さした。レイは机の引き出しを開け、中を探り始めた。


「おいレイ、あの部屋には何があったんだ?」


カンサの言葉に、レイは引き出しに目を向けたまま答えた。


「別に、大したもんじゃねぇよ。女が寝てるだけだ。」


「女性が寝ている?!」


 レイは鍵を探しだすと、檻の錠を外した。


「見たって仕方ねぇだろ、さっさと次に行くぞ。」


 カンサは怪訝な表情でレイを見ながら檻から出ると、何も言わずに右側の部屋へと向かった。 中に入ると、見たことが無い機材が部屋中に並び、おびただしい数のチューブが床を張り巡らして、足の踏み場も無い程だった。機材の間を縫って、部屋の奥まで進むと、薄ぼんやりと青く光る巨大なカプセルが、カンサの目の前に現れた。


「なんだ?……これは。」


 ガラス張りの、透明なカプセルの中に、薄青い溶液に浸された女性がいた。美しい白いドレスを身にまとい、体は青年より一回り程小さい、年齢は20代後半程の、青年にそっくりな美しい女性だった。


「言った通りだったろ?満足したなら、もう行くぞ。」


 レイがカンサの後ろからそう言うと、カンサは信じられないという表情でレイの顔を見ながら言った。


「お前これを見て、大した事無いって何故言えるんだ?」


 カンサはそう言うと、再びカプセルの方へ顔を向けた。


「女が変なもんの中で寝てるからって、何するってんだ?」


 カンサは、レイの方へ向き直ると、困惑した表情で言った。


「この人は、彼の何だ?姉か?何をしようとしているんだ?!」


「違う。」


 レイの後ろから、よろよろと壁を伝いながら、そう言って青年が部屋へ入って来た。


「この人は、君の何だ?母親にしては、若すぎる。」


 青年は目を伏せて、自分の足元を見ながらカンサに答えた。


「この人は…僕の“身体の細胞の素”だ。」


 カンサは目を見開いて、首を傾げながら言った。


「“素”とはどういう意味だ?」


 青年は少しの間沈黙したが、やがて口を開いた。


「僕が覚醒して目覚めた時、既に男は僕の横で頭を銃で撃って死んでいたから、詳しい事は分からない。ただ、その男からの僕に宛てたメッセージが残されていた。そのメッセージには、『初めまして 私の名前はラドウ、隣の部屋にいるのはシルビア。君は、私の最高の頭脳と、シルビアの最高の肉体の細胞を素にして造り上げた、最高の人間であり、私の最高傑作だ。』とだけ書かれていた。彼女は、僕が目覚めた時から、既にこの状態だったんだ。」


 カンサは口元を手で覆い、ショックを露にした。



「僕は、それから男を庭に埋めて、僕がどうやって生まれたのか、この8年の間ラドウの研究室を調べていたんだ。彼の日記を見つけて、…シルビアと出会う以前までの記録しかなかったけど、ラドウはどうやら、天才的な科学者だったみたいだ。だけど、あまりに人道から外れた研究ばかりしていたから、学会では完全に孤立状態だった。科学者の間では"マッド・サイエンティスト"と呼ばれて、バカにされてたらしい。」


 カンサの中で、全ての謎が一致した。彼の不自然な程の女性的な身体と、見かけに不釣り合いな、彼の幼さ。彼は、実際には"8歳"という事になる。彼がどのようにして生み出されたのかカンサには分からなかったが、既に成人している彼の肉体を見るうえでは、恐らく先程名前が上がった男女の細胞を、直接掛け合わせて彼が生み出された事で、当時の男女の細胞がそのまま彼の肉体となったのだろう。


『脳や肉体は成人でも、精神が追いついていないという事か……。』


 手紙の主は、女性と自分の子供を欲しがったわけでは無い。飽くまでも“完璧な人間”を造り出すことにこだわって、青年のような不自然な存在を誕生させてしまった。


『手紙の男…ラドウという男は、狂っている。』


 カンサが青年を短い間観察しただけでも、彼は確実に自分の体をもて余している。自分の脳の働きに、心が追いつかない。男性の脳と、女性の肉体の細胞を無理矢理繋げれば、彼の内でどんな反応が起こっているか、カンサには想像する事も出来なかった。青年が、生まれた時から苦しみ続けている事だけは伝わってくる。


「この女性を、シルビアをこのままにしているのは何故だ?何故、彼女も土に埋めてやらないんだ?」


 カンサの質問に、青年は少し驚いた顔をして言った。


「何故って、だってシルビアは生きているじゃないか。」


 カンサは一瞬目を見開いたが、理解出来ないといった風でいる青年を見て、丁寧に答えた。


「彼女は、もう亡くなってる。早く埋めてやるべきだ。」


 カンサの言葉に、青年は焦ったように早口になって言った。


「いや、生きているんだ。確かに目は開かないし、会話も今はまだ出来ないけど、彼女の細胞は生きてるし、心臓も動いてるんだ。」


 青年の言葉にレイは腕を組んで笑いながら、後ろにいる青年に顔を向けて言った。


「そりゃ動いてるんじゃねぇだろ、お前が“動かしてる”だけだ。」


 青年は目を見開き、眉間にしわを寄せて2人を見ながら言った。


「その為にサンプルが欲しかったんだ!彼女は絶対に目覚める。だから研究を続けているんだ、あと少しで…もう少しで。だから、実験用のサンプルがどうしても必要なんだ。」


 レイは片眉を上げ、呆れたように笑いながら青年に言った。


「お前、また脳みそだけのイカレ野郎と同じ事しようってのか?」


 青年は少し言葉に詰まったが、やがて不自然な笑みを浮かべてこう言った。


「僕はあの男とは違う。細胞は進化しているんだ、ラドウに出来なかった事が、僕には出来る。」


 カンサは少し苦い表情で、彼を見ながら言った。


「君はラドウと同じ事をしようとしている、君はラドウそのものだ。」


 カンサの言葉に青年は目を見開くと、痛む身体を起こして胸を張った。


「確かに僕の脳はラドウだ、僕の肉体はシルビア。あの男のメッセージ通り、最高の人間なんだよ。」


 青年は両眉を上げ、誇らしげにカンサに言い放った。


「それで、お前はどこに居んだ?」


 レイはニヤニヤと笑いながら、青年を見下ろして言った。青年はレイを見上げながら、ハッとバカにした様に笑って言った。


「何言ってんの?僕は僕じゃないか。」


「お前がやってる事も、やろうとしてる事も、脳みそだけのイカレ野郎と同じだ。そいつの真似してるだけだろ、"お前"はどこに居んだ?」


 レイの言葉に青年はかっと感情的になり、声を大きくして言った。


「違う!!僕とあいつは違う!ただ僕は、シルビアに目覚めて欲しいだけだ、僕は彼女の細胞をいじったりなんかしない!!」


「それで?この女を目覚めさせて、お前は何がしてぇんだ?」


 レイの言葉に青年の表情は次第に困惑した表情へと変わり、顔を下に向けて黙り込んだ。しばらくして、ようやく小さな声で弱々しく言った。


「僕は……ただ、彼女の声が聞きたいだけだ。歩く姿が見たい。僕を見て、笑って、僕の手に……触れて欲しい。」


「イカレ野郎も同じ理由で、お前を造ったんだとしたらどうなんだ?お前と何が違うってんだ?」


「違う!それなら彼女の身体に、自分の脳を入れたりなんかしない!あいつは、自分の研究の為に、彼女を犠牲にしたんだ!他の科学者達が言う通り、"マッドサイエンティスト"だったんだ!」


 レイは両眉を上げ、少し首を傾けて言った。


「その、自分の研究の"最高傑作"を前に、なんで銃で頭を撃って死ぬ必要があんだ?お前を連れて学会へ行かなかったのは何でだ?」


「ハハッ知らないし、どうでもいい事だけど、あの男にも少しは人間の心ってものがあったんじゃない?罪の重さに耐えきれずに自殺したんだよ、当然の報いだ。」


「何で当然の報いなんだ?お前はさっき、自分は最高の人間だっつったじゃねぇか。」


 青年は顔をしかめ、うつむきながら男に向かって言った。


「………人間が、細胞をいじって人を造り出すなんて、していい事じゃないんだ。あの男は、その一線を平気で越える人間なんだよ。」


 青年の表情は、どんどん暗くなっていった。自分自身も、自分が言っている事に矛盾が生じている事は分かっている様だったが、青年は自分でそれを認める事が出来ずにいた。


「分かってんのか?お前は今、自分で"自分は生まれるべきじゃなかった"って言ったんだぞ?お前は自分を、最高だとは思ってねぇんだ。」


 レイの言葉に、青年の顔は何の表情も写し出してはいなかった。長い沈黙の末、青年は静かに部屋を出て行った。


「無理だ、あの子は8歳の少年だ。完全に自分と、この研究室をもて余してる。彼にはどうする事も出来ないだろう、心と脳と身体がバラバラなんだ。」


 カンサはそう言って、シルビアを見た。唯一の青年の心のより所は、彼女を目覚めさせる事。そこに意識を集中させる事で、青年は何とか生きて来れたのだろう。カンサは、少し自分と似ていると感じていた。





 しばらく時間を置いた後、カンサは青年を探した。青年はキッチンの隅で、うずくまって座っていた。何と言って声を掛けようかと悩んでいるカンサに、青年は少し顔を上げて、カンサに言った。


「薪は、その扉を出て直ぐ右側に積んである。食べ物が欲しいなら、パンとチーズと缶詰めしかないけど、好きなだけ持って行っていいよ。」


「ありがとう。……これらは、君はどうやって手に入れているんだ?」


「お金は、充分にラドウが残していた。僕が贅沢をしなければ、一生食べていけるくらい。食べ物や日用品は、配達してくれる人がいる。家の裏に専用のポストがあって、中に要るものを紙に書いて、お金と一緒に入れておくと、家の裏手にある入口の所に置いて行ってくれるんだ。」


 ラドウという男は自分が死んでも、この子が最低限生きていけるだけの準備はしていたという事か。カンサは、そう思いながら青年の傍へ行き、しゃがんで青年に優しく質問をした。


「君に、名前はあるのか?」







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