【第5章】奇跡の少年 第4節:投影
カンサの質問に青年は首を横に振り、カンサと目を合わせないまま答えた。
「ラドウが僕に残した言葉は、あのメッセージだけ。だけど、僕は自分の事をシドウって言ってる。」
「シドウという名前に、何か理由があるのか?」
「シルビアのシとラドウのドウを合わせたんだ。」
カンサは穏やな笑みを浮かべて、少し頷いて言った。
「そうか、いい名前だ。シドウ、俺達と一緒に食事しないか?」
シドウは首を横に振り、深く膝の中に顔を埋めて言った。
「しばらく、ここにいたいんだ。」
カンサは頷き、彼の肩に軽く手を触れると、
「そうか、気が変わったらいつでも来てくれ。」
そう言って立ち上がった。扉の外に出ると、綺麗に並べて積まれた薪と、薪を入れて持ち運ぶ為の籠が置かれてあった。カンサは籠に薪を入れ、2人分の食糧を持って部屋を後にした。
「ラドウという男は、何故彼を置いて自殺したんだろうな。」
カンサはパンを千切りながら、ガツガツとカンサが持って来た缶詰めを、片っ端から空けていくレイを見ながら言った。
「知るか、これ食ったらさっさと寝て、明日の朝出るぞ。」
レイはそう言って、最後の缶詰めを平らげた。カンサは軽く溜息をつくと、右手につまんだパンの欠片に目を移して、呟くように言った。
「都合がいい時だけ“知るか”か…。気になるんだ、ラドウという男が本当に、自分の研究の為だけにシルビアを利用して、シドウを造り出したのなら、お前の言う通りシドウを学会へ連れて行っただろう。自分をバカにしていた、科学者達を見返す為にも。」
「そんな事が分かった所で、お前に何の関係があんだ?お前、自分の事は考えなくていいのか。余裕だな。」
「そうだな、確かに人の事言える立場じゃないんだが、少し…シドウが自分に似ている気がして、気になったんだ。俺も1人だが、母を知っている分、彼よりは孤独じゃない。シドウは、生まれた時から1人で生きてる。とても、孤独だっただろうと思う。」
「へー、お前オヤジと兄弟いねぇのか。」
「父は、俺が産まれる前から亡くなっているらしい。兄弟は…聞いた事がないな。俺と母2人だけの生活だった。……そのはずだ。」
「ふーん、そうかよ。じゃあな、俺は寝る。」
レイはそう言って、フォークを空いた缶の中に放ると、カンサに背を向けて横になった。
「お前の家族は、今どうしているんだ?」
カンサがレイの背中に話しかけると、レイはカンサに背を向けたまま答えた。
「俺は最初から1人だ。」
「……亡くなっているという事か?シドウみたいに。」
「あいつとは違ぇよ、もう眠るから話しかけんな。」
レイはそう言って、1分も経たない内にぐぉ~ぐぉ~とイビキをかき始めた。
「………そう言えば、お前のことを何も知らないな、俺は。」
レイという男は、人には色々と聞いてくるクセに、自分の事については何も話していないのだと、カンサはこの時気が付いた。
「俺は、お前に何も聞かなかったしな…。」
ひとりになる事ばかり望んで、人と距離を置いて生きてきたカンサには、人に対しての興味や、プライベートな質問も、今までの彼の人生には無い事だった。
「……疲れたな、今日は色んな事があり過ぎた。」
カンサはハーッと息を吐くと、横になった。数日間、ろくな睡眠が取れていなかった上に、体調を崩した疲れから、カンサは直ぐに深い眠りについた。
カンサは夢を見ていた。それは白黒の、昔の記録映像の様な夢だった。
無音で、少し早巻きにその夢は流れていく。人々の着ている服や、環境の雰囲気から、少し過去の映像らしかった。町の様子から、大きな建物の中の研究室へと画面は移動していく。
男がひとり、白衣をまとい一心不乱に何かを研究している。男が研究しているのは、人はどこまで身体を機械化しても、自己を保ち続ける事が出来るか。人体を冷凍して解凍した時、正常に意識を取り戻すにはどうしたらいいか等の、当時の技術では余りにも危険すぎる研究をしていた。社会から危険人物とみなされ、度々投獄される事もあった。そんな彼に仲間はおらず、男は常に孤独の中、ひとりで研究を続けていた。
そんなある日、ひとりの女性が男の研究室に現れる。彼女も白衣をまとい、何かを研究しているらしかったが、男とは全く方針が違うもので、ワクチンの開発や、お金のかからない新薬の研究等、彼女のプロジェクトには多くの人が集まっていた。美しく、心優しい誰からも愛される、男とは正反対の人物であるらしい。彼女は自分のプロジェクトに、男を参加させようと誘いに来たようだった。男は彼女が来る度に、首を横に振り彼女を追い返し、誘いに乗る事はなかったが、どういう訳か彼女も諦めず、頻繁に何度も男の所へやって来た。
その内、男は彼女がやって来るのを待っている様になっていた。彼女が来れば、直ぐに追い返すくせに、毎日窓を覗いては、彼女の姿を探していた。彼女の方も、昼食やお菓子を手に、男の所へやって来ては話をする。直ぐに追い返される時も、さり気なくお菓子を置いて帰ったりしていた。
そんな日々が続いた後、とうとう男が首を縦に振り、彼女の研究に参加すると彼女に告げた。彼女は喜び、男にハグをして歓迎した。元々優秀な科学者だった男は、どんどん新薬を開発する等、彼女のプロジェクトを常に成功へと導いた。周りの科学者達からも一目置かれる存在へと変わり、男の環境は今までとは一変したものになっていた。
数年後、男は指輪を持って、2人きりの研究室で彼女にプロポーズをする。あまり人と接しない男の、照れるばかりで無骨なロマンスの欠片も無いプロポーズであったが、彼女は涙を流して喜んだ。2人は結婚し、大きな家を建てた。彼女との生活は男にとって、夢の様な日々だった。
そんなある日、突然彼女は研究室で倒れた。原因は、悪性の脳腫瘍だった。彼女は直ぐに入院したが、余命は数年と診断された。家の中でひとり、男は痛々しい程に落ち込み、生活は荒れていった。研究に手がつかず、研究室にも足を運ばなくなり、毎日朝から病院が許す限り、病室で彼女との時間を過ごし、それ以外では一切外に出なくなっていた。
2〜3年が過ぎた時、彼女が家に帰って来た。死を家で向かえる為だった。彼女はもう、目が見えていない状態にあった。ベッドから動く事が出来ない彼女に、男は献身的な働きをして、毎日の看護は完璧に行き届き、片時も彼女から離れる事は無かった。彼女の死は、日に日に容赦なく近づいていた。
彼女の死が目前である事を悟った男は、ある日彼女に提案を持ちかける。彼女はただ黙って首を横に振るばかりだったが、男は毎日彼女の手を両手で包み、懇願を続けた。その姿は痛々しい程の必死さであったが、彼女は最後の日まで、首を縦に振る事は無かった。
ある日の早朝、男は彼女の息が止まっている事に気付いた。その瞬間、男は取り憑かれた様に作業を始めた。葬儀を開かず、一切誰も家に近づけさせず、彼女を腐敗から守る為、溶液の入ったカプセルに彼女を入れ、今まで貯めた私財を殆ど研究につぎ込み、薬や機材を買い集めた。一切睡眠をとらず、男は狂った様に研究を続けた。
そうして数年が過ぎた。地下の研究室の一室に、部屋の中央に置かれた真っ白なベッドの上に、彼女と瓜二つの青年が横たわっていた。
ゆっくりと呼吸を繰り返し、穏やかに眠っている青年を見て、男はひとりで部屋中を跳び跳ね、小躍りして喜んだ。両手を上げ、くるくると回りながら青年の傍を踊る。踊りながら、突然男はボロボロと涙を流し始めた。青年に近づき、髪を撫でては、頬を撫でては、ボタボタと涙が床に落ちる程泣いた。
男は泣きながら机に向かい、紙にメモを書き始めた。書き終えると、一番下の引き出しから銃を取り出し、メモと銃を手に青年の元へ戻った。メモを青年の枕元に置き、涙を拭いて青年の頭をゆっくりと撫でながら、額にキスをした。
またボロボロと涙を流しながら、男は青年の方を向いたまま、後ろ向きに数歩あるいて距離を取ると銃をこめかみに当て、間を置かずに引き金を引いた。男はベッドの横で崩れる様に倒れ、そのまま死亡した。真っ白なベッドは、男の血飛沫から免れ、真っ白なままの状態で、青年は眠り続けていた。
ハッとカンサは目を覚ました。身を起こすと、まだ夜は明けておらず、部屋は真っ暗なままだったが、カンサは雨が上がっている事と、隣で眠っていたレイがいない事に気が付いた。
「レイ?」
カンサが眠りに落ちて、夢を見始めていた頃、シドウは研究室のシルビアの前に立っていた。手には、薬の入った瓶を持っている。じっと、シドウは何も言わず、眠ったままのシルビアを見つめていた。しばらく彼女を見つめた後、シドウは手に持った薬瓶の方へと視線を移した。暫くの間薬瓶を見つめていたが、やがて瓶の蓋をひねり、パキッと開封した音が部屋に響いた。
「お前、他にやりてぇ事無かったのか?」
シドウが驚いて後ろを振り向くと、戸口の所でレイが腕を組み、壁にもたれて立っていた。めずらしく、男の顔に笑みは無い。 反対に、シドウはレイを見ると、優しい笑みを浮かべて、シルビアの方へと向き直り、彼女を眺めながら言った。
「そうだね、学校に行ってみたかったな。授業より、色んな人と話をしてみたかった。僕はずっと、本の中の出来事しか知らなかったから。今日君達と出会って、この世界には、本に書かれていない事が沢山あって、それは人とじゃないと学べない、体験しないと分からない事なんだって気付かされた。本当に、とてもびっくりしたよ。」
レイは姿勢を崩さず、黙って青年を見ていた。
「人とふざけたり、ケンカしたり、本気で人を好きになったり、嫌いになったり、色んな気持ちになる自分と出会いたかった。きっと、そういう事の全部を引っくるめて、"人生は楽しい"って、……本に書かれているのは、そういう意味なんだろうね。……僕は、楽しい人生じゃ無かった。とても、とても静かな、静かすぎる人生だった。だから君達2人と出会って、過ごした時間はとても“楽しかった”んだ。」
レイはシドウの話を聞きながら、視線を床に落として答えた。
「そりゃ、良かったじゃねぇか。」
「もし、僕の願いが叶うなら、僕は普通の両親から産まれる子供に産まれたい。“神様からの贈り物”って言われる、本物の子供。僕は、特別な脳も身体もいらない。毎日、お母さんから怒られたり、兄弟とケンカしたり、泣いたり泣かせたりする、そんな普通の子供。だけど、僕はそうじゃないから。君達のお陰でようやく気付いたんだ、もうこの身体は限界だ。今まで、自分に目を向けるなんてした事が無かったから、気付かなかったよ。ラドウの実験は成功しなかった。今、僕の脳も身体もギシギシいってるよ。僕は……とても保てそうに無い。」
シドウはレイの方へ顔を向けると、美しい満面の笑顔で言った。
「君達に会えて本当に良かった、ありがとう。彼にもそう伝えて。」
「あぁ。」
レイはシドウを見ながら頷くと、シドウは満足した様に、笑顔のまま大きく一度頷いた。それから、身体の向きをシルビアの方へ戻すと、一気に薬を飲み干した。
少しの間、シドウは苦しそうに呼吸していたが、ゆっくりとその場で横になると、数分後、彼は完全に動かなくなった。レイは微動だにせず、その様子をただ黙って見守っていた。シドウが動かなくなったのを見届けると、レイは研究室にある大量のエタノールの缶を持てる限り抱え、部屋中に撒き、そのまま1階へ上ると、ありとあらゆる所に大量に撒いた。
レイは最後の缶からエタノールを垂らしたまま、足早にカンサが居る部屋へ戻り、勢いよく扉を開いた。突然、部屋にレイが勢いよく入って来た事にカンサは驚き、レイが手に持っている缶を見て言った。
「どうしたんだ?それは何だ?!何をする気だ!!」
「さっさと出ろ、死にてぇのか。」
レイは勢いを緩めず、エタノールの缶を捨て、替わりに暖炉から火のついた薪を取り、そのままカンサの腕を掴むと、無理矢理掃き出し窓から外に出し、家に火を放った。
数日の雨で、濡れている筈の家であったが、炎はまるで生きている様に、家を包み込みながら燃え上がった。夜の暗闇が広がる森の中で、そこだけが明るく光を放っていた。
家の中からは、ミシミシと木材が焼ける音と、パンパンとガラスが割れる音が響いた。
「……シドウは、どうしたんだ?」
呆然と炎を見ていたカンサが、自分より少し前に立っている、レイの方へと視線を変えて言った。
「俺達といて楽しかったってさ、会えて良かった、ありがとうだとよ。」
レイはカンサに顔を向けてそう言ったが、いつもの笑みは無いままだった。カンサは、レイの言った言葉の意味を悟ると、目を見開き、信じ難い風に少し首を傾げて、レイの顔を見つめた。 カンサの脳裏には、この屋敷で見聞きしたシドウの言葉や映像と、夢の中の映像が錯綜し、混乱した状態で口を開いた。
「お前知っていたのか?……シドウの過去を。お前は…彼と一緒に居たのか?」
「何の事だ。」
レイの言葉を聞かず、カンサは眉間にしわを寄せ、頭を大きく左右に振った。
カンサは両手で頭を抱えながらも、何とか冷静さを取り戻し、レイの顔を睨みつけながら激しく咎める口調でにレイに言った。
「お前、知っていたんだな。……知ってて止めなかったんだな!お前はっ!!」
レイはカンサの正面に立ち、燃える家を背にして、真顔のまま答えた。
「あぁ、俺は“知っている”。」




