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The Third Man  作者: ブクロ


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【第1章】出会い


 暗闇の中で青年は、出来る限り足音を殺しながら足早に歩いていた。今にも自分を追ってくる軍人達の足音が聞こえてきそうで、青年は度々背後を振り返って確認していた。


 地上へ伸びるトンネルの全長も、地図も、全て頭の中に入っていたが、何処までも続く漆黒の暗闇が、このままずっと続いていくような気がして、青年は焦りながら暗闇に目を凝らした。出口を示す緑色のランプを探して黒い瞳を動かしたが、目的のものは見えてこない。青年は腕時計の画面を叩いて時刻を確認した。


『偽の情報だったのか?いや、そんなはずはない。俺が軍を抜ける素振りは誰にも見せていない。まだ午前3時になって間もない、俺が地下から居なくなっていることすら気付かれていないはずだ…。』


 視界が効かない環境では、自分の荒い息遣いと早くなった鼓動しか聞こえず、壁を伝いながら歩いていたが、本当に前へ進めているのかと疑う程、前進できているという感覚が無かった。青年は極度の緊張状態と、不安と焦りの中で必死に足を動かしていた。


『大丈夫だ、必ず出口はある。情報はフェイクじゃない。大丈夫だ、必ず地上へ出られる、この日のために準備してきたんだ。俺は地上へ出るんだ!!』


 そう思った時、青年は前方に針の先程の光を見つけ、ハッと息を飲んだ。淡く光る緑色の光。青年は思わず走り出した。緑色のランプの下まで辿り着くと、そこには軍のエンブレムが浮かぶパネルがあり、青年は黒革の手袋を外すと恐る恐るパネルの上へ手を置いた。


 接触反応を示す機械音が鳴り、静脈確認のスキャンが始まった。今にも心臓が止まりそうな程の緊張の中で、青年はパネルの青白い光を見つめた。再び機械音が鳴り、パネルの色が青色から緑色へと変わると、壁と同化していたゲートがスライドし、上へ向かう梯子(はしご)が現れた。


 青年は深い安堵の息を漏らすと、すぐに気を引き締めてフッと短く息を吐き、手袋をはめて梯子(はしご)に手を掛けた。


『いよいよだ…。いよいよ地上へ出られる。』


 緊張していた鼓動は期待の高鳴りへと変わりつつあったが、すぐに影を落とし始めた。


『軍が先回りしている可能性もある…。相手が何を考えているか分からない以上、地上へ出れたとしても油断は出来ない……。』


 眉間にしわを寄せて考えていると、伸ばした左手の先が天井にぶつかった。青年は慎重に頭上の壁を確認し、それが地上へ繋がる入口であることを認識した。手探りを続け、開き方を模索していると指先が納まる程のくぼみを見つけた。ゆっくりと指先に力を込めていくと、軋む音と共にパラパラと砂や小石が落ちてきた。青年は小さくむせながらも、ゆっくりと頭上の扉を開けていった。


 少しずつ開かれていく扉から見えてきた光景に、青年は思わず息を飲んだ。


 まるでダイヤモンドのように輝く星々、これまで見てきた星空とは全くの別物だった。流れていく雲の動きや、扉から入り込んでくるキンと冷えた清々しい空気が、青年の肺を満たした。青年は扉を開けながら吸い込まれるように身を乗り出そうとした時、ハッと我に返った。右手を左脇に装備していた銃へと伸ばし、慎重にガンホルダーから引き抜くと、安全装置を外してゆっくりと目の高さまで入口から顔を出した。


 周囲は森の中らしく、風で木の葉が揺れる音の他には何も聞こえなかった。人の気配も一切しなかったが、青年は警戒を緩めることなく、素早く入口から出ると音もなく扉を閉めた。


『人の気配は無い…。だが、森の中に身を隠している可能性はある。まずは出来る限り早く、この場から離れなければ。』


 青年は木の影から影へ、素早く移動を繰り返し、しばらくして追手の姿がないことを確認すると、ようやく肩の力を抜いた。ホッと短く息を吐くと、ひんやりとした清々しい風が青年の頬を撫でた。スッキリとした木々の香りと、安心感を誘う土の匂い。青年は地下の世界でも似たものがあることを知っている、しかし、ここでは何もかもが別物だった。青年は深く息を吸い込みながら空を見上げた。巨大なスクリーンに映し出された星々と、ホログラムで浮かぶ月はここには無い。どれ程美しい映像でも、本物の自然の美しさとは比べ物にならなかった。


 ダイヤモンドのように輝く星々の中心に、息を飲むほど美しい冴え冴えと輝く銀色の月。澄み切った空が、その先が何処までも続いていることを青年に告げていた。青年は一瞬にして、地上の世界に心を奪われていた。


「これが、地上……。」


 夜空を見上げたまま、青年は遠い記憶を辿るように目を細めた。青年の視線の先には、果てしない宇宙が広がっている。しかし、彼の意識は視線とは真逆の、心の奥にある深淵へと向けられていた。


 月が厚い雲に覆われ、森に暗闇が戻ったその時、青年は自分の隣に人影が立っていることに気が付いた。瞬時に距離を取りながら、同時に手に持っていた銃を影に向かって構えた。


「誰だ!!」


 青年の問いに、影は答えない。青年は様子を見ながら、ジリジリと影から距離を取り、周囲の様子を窺った。


『他に人の気配は無い…。こいつ一人なのか?いや、あり得ない。軍の追っ手が何処かに隠れているはずだ。』


「答えろ!何者だ?!」


 自分の問いに何も答えない影に対して、青年は焦りを感じ始めた。


「俺が持っている銃が見えないのか!威しじゃない!今すぐ両手を上げて地面に膝をつけ!答えろ!お前は何者だ!!」


 この質問に答えなければ、相手を撃ってこの場から走り去ることを決意した時、雲の間から再び月が現れ、人影の存在を顕(あらわ)にした。


 まず一番に青年の目を引いたのは、月の光に照らされて火のように輝く紅色(あかいろ)の髪だった。腰まで伸びた長い髪は、まるで本物の火炎のようにうねっている。そして、そのうねる前髪の中から青年を射抜くように向けられた瞳が、青年の心を怯(ひる)ませた。神秘的な琥珀色の瞳が、相手の心も思考も全て見抜いているというように、真っ直ぐに青年を捕らえていた。


 野性的で端正な顔は、これまで青年が見てきたどんな自信家も、一言で黙らせてしまいそうな不敵な笑みを湛(たた)えている。しかし、それは尊大な印象ではない。相手の全てを見抜き、理解した上で、冷静に俯瞰(ふかん)しているという雰囲気が、その存在全てから滲み出ているという印象だった。


『…なんだ?こいつ。』


 只者ならぬ雰囲気を漂わせている上に、更に青年を動揺させたのは、190cmを超える身長に、鍛え上げられた体躯が衣服の上からでも分かる程だったからだ。


『こんな奴は見たことがない。軍の人間ではなさそうだが…だが、只者じゃない。』


 姿が見えなかった時より更に警戒を強めながら、青年は紅毛(あかげ)の男に言った。


「…お前は何者だ?地上に住んでいるのか?」


 軍の回し者である可能性も考えて、しきりに周囲を気にしていた。すると、不敵な笑みを浮かべたまま紅毛(あかげ)の男は口を開いた。


「挙動不審(きょどうふしん)の狼藉野郎(ろうぜきやろう)、自己紹介はまず自分からするもんだぞ。」


 その声は、それまで耳にしたどの人間とも、異なる響き方をしていた。空間を伝って来るのではない、地面を伝うでもない、まして直接頭に響いて来るでもないその声は、まるで光る大きな矢が胸を貫くように響くのだった。


 今までに感じたことがない衝撃と、どこか抗い難い声の響きに、青年は戸惑いながら口を開いた。


「俺は……ハギワラ・カンサだ…。」










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