第7話 村の武装、理解の連鎖
村長の許しを得た蓮は、その足で村外れの納屋へと向かった。李が、半信半疑ながらも案内役を買って出てくれた。
「本当に、こんな古臭い代物が、どうにかなるのか?」
李が指し示す先には、以前見せてもらった猟銃が数丁、刃こぼれした大刀が数本、そして鎌や鍬といった農具が、雑然と並べられていた。どれも長年の使用と手入れ不足で、本来の性能を大きく損なっている代物ばかりだ。
「やってみないと、俺にも分かりません。でも……試す価値はあると思います」
蓮はそう答えながら、まず一本の鎌を手に取った。刃こぼれし、錆の浮いた、農作業用のありふれた鎌だ。
(この刃、切っ先の角度が鈍い。刃こぼれの部分は、応力が集中して余計に欠けやすくなっている。研ぎ直すだけでも改善するだろうが、それだけじゃない。刃全体の焼き入れの状態、柄との接合部の強度――)
蓮は、頭の中で鎌の構造を、隅々まで分解していった。上海の骨董市で分銅に触れて以来、この「理解」という行為そのものが、蓮にとって以前よりもずっと鮮明に、まるで手に取るように感じられるようになっていた。
指先に、あの馴染みの熱が伝わってくる。鎌の刃が、青白い光をまとい始めた。
「な……!」
李が息を呑む声が聞こえた。光が収まったとき、蓮の手の中の鎌は、刃こぼれも錆も跡形もなく消え、まるで鍛冶屋から届いたばかりの新品のような輝きを放っていた。
「これ、は……」
李が恐る恐る鎌を受け取り、指先で刃に触れようとして、慌てて手を引っ込めた。
「馬鹿、危ない! 切れ味が、まるで別物になってる……!」
その声には、驚きと共に、隠しきれない興奮の色があった。
***
一つ目の成功に、蓮の中の確信はさらに強まった。だが、同時に、新たな疑問と課題も浮かび上がってきていた。
(この鎌は、比較的単純な構造だった。だからこそ、理解しやすかった。もっと複雑な物には、通用するのか――)
蓮は次に、猟銃を手に取った。旧式の、単発式の散弾銃だ。銃身の内側には錆が浮き、機関部の動きも渋い。とても、まともに狙いをつけられる状態ではなかった。
(銃の構造は、鎌よりずっと複雑だ。銃身のライフリング、装薬の燃焼、弾丸の弾道、機関部の作動原理……)
蓮は理科系の落第生ではあったが、それでも物理や化学の基礎知識は、それなりに頭に入っていた。それに加えて、この世界に来てから目にしてきた実物の観察――匕首、扉板、そして今の鎌――が、蓮の中で「理解」の解像度を、少しずつ引き上げているようだった。
(銃身の内側の錆を取り除き、ライフリングの溝をより滑らかに、より精密な角度に整える。装薬の燃焼効率を最大化し、弾丸の初速と直進性を高める。機関部の摩擦を極限まで減らし、動作を確実にする――)
考えを組み立てるほどに、指先の熱が強くなっていく。蓮自身、次第にこの感覚に慣れつつあった。理解が深まれば深まるほど、光はより強く、より鮮明に輝く。
猟銃全体が青白い光に包まれ、しばしののち、その輝きが収まった。
「李さん、試し撃ちしてもらえますか」
「お、俺が? ……分かった」
李は緊張した面持ちで猟銃を構え、離れた場所に立てた木の板に狙いをつけた。引き金を引くと、乾いた発砲音と共に、木の板が粉々に砕け散った。
「な、なんだこの威力……! これまで撃ってきた散弾銃とは、まるで別物だ」
李が、呆然とした声で呟いた。
***
その日の午後、蓮は村中の武具を、一つずつ手に取っていった。鎌、鍬、大刀、そして数丁の猟銃。理解が深まるほどに、蓮の作業は少しずつ速さを増していった。
「陳蓮殿、こっちの大刀もお願いします!」
「この鍬、刃がボロボロで……」
村人たちの間に伝わった噂は、瞬く間に広がっていった。最初は疑わしげだった村人たちも、目の前で次々と繰り広げられる現象を見て、次第にその態度を変えていった。
「鎌の切れ味が、まるで別物になってる……」
「この鉄砲、弾がまっすぐ飛ぶようになった!?」
そうした声が、あちこちから上がる。だが、蓮自身は、変わらず非力なままだった。強化した武具を手に取って構えることこそできても、それを実際に使いこなす技量は、これまでと何一つ変わっていない。強化した猟銃を試しに構えてみても、蓮の腕では、狙った的にすらまともに当たらなかった。
(俺自身は、何一つ変わっていない。変わるのは、道具の方だけだ)
その事実を、蓮は改めて実感していた。皮肉なことに、これほどの現象を起こせるようになってなお、蓮自身の体は、剣も振るえず、銃もまともに撃てないままなのだ。
だが、それでよかった。少なくとも、村人たちの手にある道具だけが、静かに、しかし確実に牙を研いでいく。それだけで、この村を守るための力にはなるはずだった。
夕暮れが近づく頃、蓮は最後の一丁の猟銃を手に取り、深く息をついた。指先には、もう何度も繰り返された熱の感覚が、じんわりと残っていた。
(あとは、明日か明後日には、あの連中がやって来る。それまでに、できる限りのことをしないと)
村外れの空を、赤く染めながら日が沈んでいく。蓮は、静かにその光景を見つめながら、来るべき戦いに向けて、覚悟を固めていった。
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(第8話「迎撃」へ続く)




