第6話 迫る影
蓮が青柳村に身を寄せてから、五日が過ぎた。
その間、蓮は村の雑事を手伝いながら、少しずつこの世界のことを学んでいった。村人たちの話す言葉の端々から、蓮はこの一帯の情勢を、断片的にではあるが理解し始めていた。
清朝が崩れ落ちたのち、各地には「督軍」と呼ばれる軍事指導者たちが割拠し、互いに勢力を競い合っている。中央の統一政府は名目だけのもので、実質的な支配権は、それぞれの土地を握る軍閥の手にあるらしい。そして、そうした軍閥同士の争いの狭間で、統率を失った兵士や自衛団が、蓮を襲った郷勇くずれのような匪賊集団と化すことも、決して珍しくないという。
(まるで、戦国時代だな……)
蓮の脳裏に、かつて日本史の授業で習った言葉が浮かんだ。群雄割拠、下剋上、実力がすべてを決める時代。この世界の中華民国は、まさにそうした様相を呈しているようだった。
そして五日目の午後、その不穏な空気が、青柳村にも忍び寄ってきた。
***
「大変だ! 大変だ!」
村の入り口の方から、息を切らせた男が駆け込んできた。畑仕事に出ていた村人の一人だった。
「どうした、そんなに慌てて」
村長が眉をひそめて尋ねる。
「先日、村の近くを荒らしていた匪賊崩れの連中が……仲間を集めて、こっちに向かっているらしい! 隣村の者が知らせてくれた」
その言葉に、広場に集まっていた村人たちの間に、動揺が広がった。
「な、なんだって……」
「あいつら、報復に来る気か……!」
蓮は、その報せを聞いて、胸の奥が冷たくなるのを感じた。あの荒野で自分を捕らえていた集団だ。逃げ出した自分への報復も含めて、この村を狙っているのかもしれない。
(俺のせいで、この村が――)
罪悪感がじわりと胸を締め付ける。だが、今はそれを悔やんでいる場合ではなかった。
「一体、何人くらいで来るんだ」
村長が厳しい表情で尋ねると、報せを持ってきた男は青ざめた顔で答えた。
「隣村の者が言うには、三十人は下らないだろうと……仲間を呼び集めているようです」
三十人。この小さな村にとって、それがどれほどの脅威か、広場に集まった村人たちの顔色を見れば明らかだった。
***
その夜、村長の家に、村の主だった者たちが集まった。蓮も、成り行きで末席に座ることになった。
「逃げるしかないだろう。この村の武装で、三十人もの匪賊崩れを相手にできるはずがない」
村長がそう口にすると、集まった者たちの間に、諦めにも似た沈黙が広がった。
「しかし、村長。逃げるといっても、どこへ? 年寄りも子供もいる。まともな荷馬車だって、数えるほどしかない」
李が、不安げな声を上げた。彼の言う通りだった。この村には、老人や幼い子供も多い。長距離の逃避行に、彼らが耐えられるとは思えなかった。
「かといって、戦って勝てる見込みもない。武器は猟銃が数丁、大刀が数本。それだけで、統率された三十人の武装集団に立ち向かうのは、無謀にもほどがある」
村長の言葉に、誰も反論できなかった。広場に張り詰めた沈黙が続く。
蓮は、その様子を黙って見つめていた。心の中では、荒れ狂うような葛藤があった。
(俺のせいで、この事態を招いたのかもしれない。だったら、俺にできることを――)
だが、口を開くのには勇気が要った。荒唐無稽な話に聞こえるだろう。それに、あの匕首と扉板で起きたことが、この村の武具すべてに通用するという保証も、蓮自身、まだ持っていない。
それでも、蓮は意を決して、静かに手を挙げた。
「あの……」
村人たちの視線が、一斉に蓮に集まる。よそ者の言葉に、それほど期待している様子はなかった。
「……時間をください。できることが、あるかもしれません」
蓮は、震える声で、それだけを絞り出すように口にした。
***
「できることがある、とは、どういうことだ」
村長が、訝しげに蓮を見つめる。他の村人たちも、疑わしげな視線を隠さなかった。無理もない。よそから流れ着いた素性も知れぬ若者が、突然そんなことを言い出したのだ。
蓮は一瞬、言葉に詰まった。あの現象をどう説明すればいいのか、蓮自身、うまく整理できていなかった。
「正直に言うと、自分でもよく分かりません。でも……匪賊に襲われたとき、廟の扉板で、飛んできた銃弾を弾き返したんです。木の板だったのに、まるで鋼鉄みたいに」
「――は?」
李が、思わず声を漏らした。他の村人たちの顔にも、困惑と不信の色が浮かぶ。
「馬鹿な。木の板が銃弾を弾くだと? そんな話、信じられるわけがない」
「本当なんです。俺にも、なぜそんなことが起きたのか、はっきりとは分かりません。でも……もしかしたら、この村の武具にも、同じことができるかもしれない」
蓮は必死に言葉を重ねた。だが、その場の空気は、明らかに懐疑的なものだった。
沈黙が流れる中、村長が静かに口を開いた。
「……信じがたい話だが、この状況で他に手立てもない。若いの、その話が本当なら、試してみせてくれるか」
「――はい」
蓮は、深く頭を下げた。
信じてもらえるかどうかは、これから自分の手で証明するしかない。村人たちの命が懸かっている以上、失敗は許されない。蓮の胸の内に、これまで感じたことのない種類の緊張と、そしてかすかな決意が芽生えていた。
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(第7話「村の武装、理解の連鎖」へ続く)




