第12話 手榴弾の暴発
小銃の強化作業が一段落した頃、県城からの使いが、追加の装備を携えて再びやって来た。
「これも支給品だ。手榴弾という。使い方には十分注意しろ」
木箱の中には、木の柄がついた、円筒形の武器が並んでいた。木柄型の手榴弾――蓮の記憶にある限り、こちらもまた、史実で使われていた形式によく似ている。安全ピンを抜き、柄の紐を引くことで内部の摩擦発火装置が作動し、数秒後に爆発する仕組みのはずだ。
「陳蓮殿、これも強化できるものなんですか」
李が、興味深げに手榴弾を覗き込みながら尋ねた。
「分かりません。でも、試してみる価値はあると思います」
蓮は、そう答えながらも、内心ではこれまでとは違う種類の緊張を感じていた。小銃や鎌とは違い、手榴弾は「爆発する」ことそのものが本質的な機能だ。もし理解が不十分なまま強化を試みれば、いったい何が起こるのか――蓮自身、まだ確信が持てずにいた。
***
蓮は、村外れの空き地に手榴弾を一つ持ち出し、その構造を分解して観察し始めた。
(木柄の内部に、摩擦発火装置。紐を引くと、発火薬が擦れて着火し、遅延用の導火剤を通じて、内部の炸薬に伝わる。炸薬の周りには、破片を飛散させるための金属の筒――)
蓮の頭の中で、手榴弾の内部構造が、少しずつ組み上がっていく。だが、これまで扱ってきた鎌や小銃と比べて、蓮はこの武器の「原理」について、決定的に理解が足りていないことに気づき始めていた。
(炸薬の化学的な燃焼反応、それがどれだけの圧力と熱を生み出すのか、破片がどのように飛散するのか――正直、俺の知識は、ここまで来ると心もとない)
理科の授業で聞きかじった程度の化学の知識では、爆発という現象の細部までを、正確に理解しているとは到底言えなかった。それでも、これまでの経験からか、蓮の中には、ある種の慢心も生まれていたのかもしれない。
(これまでも、何とかなってきた。今回も、きっと――)
そう考えながら、蓮は手榴弾の構造を、頭の中で「理想化」しようと試みた。発火の確実性を高め、爆発力を増大させ、破片の飛散範囲をより広く、より効果的に――。
指先に、熱が伝わってくる。だが、これまでとは、明らかに感触が違った。熱は不規則に強弱を繰り返し、まるで何かに抵抗されているかのような、そんな感覚だった。
(これは……)
違和感を覚えた瞬間、手榴弾全体が、これまでにない不安定な光をまとい始めた。青白いはずの光が、ところどころ赤く明滅している。
「陳蓮殿、危ない――!」
近くで様子を見ていた李が、異変に気づいて叫んだ声と、蓮が咄嗟に手榴弾を投げ捨てた動きは、ほぼ同時だった。
***
蓮が手榴弾を放り投げた直後、それは空中で、これまで見たこともないほどの威力で爆発した。
轟音と共に、土が大きく抉れ、砂埃と破片が四方に飛び散る。蓮は反射的に地面に伏せ、李も慌てて物陰に身を隠した。
爆発の余波が収まったあと、蓮は恐る恐る顔を上げた。空き地には、これまでの試射では見たこともないほど大きな穴が空いていた。周囲の木々の枝が、遠くまで飛び散った破片によって、何本も折れている。
「な、なんだ今のは……!」
李が、青ざめた顔で穴を覗き込みながら声を上げた。幸い、周囲に人がいなかったため、大きな怪我人は出なかった。だが、もし誰かがあの場に居合わせていたら、と考えるだけで、蓮は背筋が凍る思いだった。
(危なかった……本当に、危なかった)
蓮は、震える手で自分の体を確かめた。かすり傷程度で済んだのは、まったくの幸運だった。
「陳蓮殿、大丈夫ですか」
李が、心配そうに駆け寄ってくる。
「はい……なんとか。すみません、危ない目に遭わせてしまって」
蓮は、深く頭を下げた。だが、頭を下げながらも、蓮の心中には、これまでとは違う種類の危機感が渦巻いていた。
***
その夜、蓮は一人、空き家に籠り、今日の失敗を振り返っていた。
(何が、いけなかったんだろう)
これまでの成功体験に、蓮は少しばかり驕っていたのかもしれない。鎌も、猟銃も、漢陽造小銃も、いずれも「理解」を積み重ねれば積み重ねるほど、確実に、そして安全に強化されていった。だが、手榴弾は違った。
(爆発という現象の本質を、俺はまだ、正しく理解できていなかったんだ。中途半端な理解のまま、力任せに『理想化』しようとしたから、機構が「同調」を拒んで、暴発した――)
その考えに至ったとき、蓮の中で、これまで漠然と感じていたある法則が、はっきりとした輪郭を持ち始めた。
(この力は、決して万能じゃない。理解が浅いまま強化しようとすれば、道具の側が、その無理な要求に耐えられずに暴走する。理解の深さに見合わない強化を求めることは、危険を伴う――)
それは、蓮にとって、これまでの成功に浮かれていた自分自身への、痛烈な戒めだった。
(もっと、慎重にならないと。これから先、もっと複雑で、もっと危険な道具を扱うことになるかもしれない。そのたびに、今日のようなことが起きたら――)
自分自身だけでなく、周りにいる人々の命に関わる。その事実の重みが、蓮の胸に、これまで以上に深く刻み込まれていった。
***
翌朝、蓮は李と共に、県城から支給された残りの手榴弾を、慎重に検分し直すことにした。
「陳蓮殿、無理はしないでください。手榴弾の強化は、見送るという選択肢もあります」
李が、心配そうにそう申し出た。だが、蓮は静かに首を振った。
「いえ……このまま、理解を諦めるわけにはいきません。ただ、もっと慎重に、時間をかけてやります」
蓮は、手榴弾の構造を、昨日よりもさらに丹念に、一つ一つの部品ごとに分解して観察していった。焦らず、無理に「理想化」しようとせず、まずは今、自分がどこまで正確に理解できているのかを、正直に見極めることに徹した。
(急がば回れ、か……)
その日の作業は、これまでのどの武器よりも時間がかかった。だが、蓮はそのぶん、慎重に、着実に、理解を積み重ねていった。
夕暮れが近づく頃、蓮は再び一つの手榴弾を手に取り、指先に伝わる熱の様子を、注意深く確かめながら、強化を試みた。
今度は、光は安定した青白さを保ったまま、静かに輝いていた。
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(第13話「徳霖老師父との出会い」へ続く)




